第4話 王都の竜狩り1
妹が泣いている――。
これが夢だとわかっても、ソウはしゃがみ込む妹の背中に手を伸ばしかけていた。が、すぐにその手を下ろす。目を開けると妹の姿はなくなって、見慣れた天井では朝を告げるように照明が灯っていた。
(朝、か……)
ソウは身体を起こして、ベッドの端に腰掛ける。飾り気のない部屋に窓はなく、その光景は昨日と何も変わらない。もう何年も変わっていない。
この王都に住むようになって、五年が経った。
十五歳。働く者も増える年齢だ。夢にすがるような子供ではない。
ソウは首を振り、耳に残る泣き声を払った。
妹の夢はいつものことだ。毎日、毎日、変わらない姿で現れる。それでも泣く姿を見なくなってからは久しかった。もうじき忘れられると、そんな期待をソウは持っていたのだが、どうやら違っていたらしい。
壁に目を向けると、使い古された長剣が掛かっている。ソウは立ち上がって着替えを済ませ、いつものように剣を手に取った。
◇
玄関へとつながる居間に入ったところで、ソウは絶句した。
散らかった部屋の中心で、もう二十を過ぎたお姉さんが、寝間着のままゴロゴロと床に寝そべって本を読んでいる。育ての親とはいえ、この光景には頭が痛くなる。
「……ルア、仕事熱心だな」
「ん? おお、ソウか。む、もうそんな時間。我ながら感心してしまうな。ああ、睡眠のことなら心配いらん。後でちゃんと取っておくからな」
悪びれた様子は欠片もない。
本やら何かの器具やら夜食の跡やら着替えの跡やら、とにかくいろいろあるのだが、歩けるスペースが残っている程度には配慮がある。ルアが何かの仕事中だとソウは知っているが、それにしても最近は頻度が多い。
そんなことを思っている間に、もう一人の育ての親であるアイトも部屋に入ってきた。こちらは身なりも性格もしっかりしたお兄さんで、ルアとは年齢くらいしか共通点がない。
アイトはちらっとだけルアに目をやってから、ソウに朝食の入った包みを渡す。それからルアの方に向き直ると、諭すような口調で言った。
「ルア、あきれられているのです。自覚してください」
「な……アイト。いきなり現れたと思ったら何を言う。失礼なやつめ。そんなわけあるか。ちょうど今もほめられたところだ。なあ、ソウよ。この男に言ってやれ」
ルアが寝転がったまま圧のある瞳を向けてくる。それに困ったソウがアイトに目を向けると、あきらめの視線を返された。
「ほれ、遠慮はいらんぞ」
「……片づけた方がいい。俺は行ってくる」
「おまえ――ちょっと待て。待たんか!」
こんな話に付き合っていられない。ルアの呼び止めを気にすることなく、ソウは外へと向かって足を進めた。
◇
王都の外壁を抜けると、見渡す限り土色に荒れた平原が広がっている。竜の狩場。王都へ近づく竜たちは、ここで食い止めることになっていて、既に制服姿の傭兵たちが散るように待機していた。
ソウはここで竜を狩っている。
故郷とは違って、王都では毎日のようにさまざまな竜が現れた。古参の老兵が言うには、昔と比べて随分と数が増えているらしい。そんな竜たちをこの五年でただの一日も休むことなく狩り続け、いつしかソウは『王都の竜狩り』と呼ばれるようになっていた。
とはいえ、ソウは国から正式に仕事を受けた傭兵ではない。国から支給された制服を上着だけ羽織ってはいるが、これは武器所持などの許可を得る都合だ。
傭兵にならないこだわりはなく、ただ年齢が足りなかっただけの理由だが、結果的には都合がよかった。傭兵の仕事には、輸送の護衛などで王都を離れるものもある。ソウはただ竜を狩れればそれでよく、王都を離れるつもりもなかった。
こういった交渉を国とまとめてくれたのはルアだ。だらしなさの目立つルアだが、仕事で王宮に通うことも多いためか、この手のやり取りには強い。一応報酬も受けていて、ルアからは使えと言われているのだが、そんな機会はなかった。ただ竜を狩るだけの日々だ。
日差しが照りつける中、ソウが青々とした空を監視していると、力強く肩をつかんでくる者がいた。
「今日も頑張ろうぜ」
ニヤリと笑うのは、体格のいい中年の男。この辺りの傭兵のリーダー役を務めていて、ソウが竜を狩り始めたころから見る顔だ。何かとソウを気にかけてくるのは、娘より息子が欲しかったという理由らしい。
ソウは軽く挨拶を返してからまた空を見上げる。
そのとき、風を裂くような笛の音が響いた。
「――来たか」
遠い前方の囲壁から狼煙が上がった。その上空に見える影は一つ。大型だ。
「こりゃ厄介なのが」
リーダーがぼやきながら頭をかく。概ね民家の大きさを超える竜は大型に分類され、その討伐は連携の取れた熟練の傭兵たちが数十人がかりとなる。
「俺がやる。こっちに呼んでくれ」
「ん……ああ、わかった。俺たちの方でも準備はしとくから無理すんなよ」
ソウは黙ってうなずくが、苦戦するつもりなどない。
あれくらい――もう何匹も狩ってきた。
リーダーが指示すると、付近の傭兵たちが大声を出しながら太鼓を鳴らす。さらに竜の近くでは威嚇のために次々と銃が放たれた。
竜の向きが変わる。誘導に乗って急降下してきた。地鳴りがして、土煙が乱雑に舞い上がっていく。
ソウは表情ひとつ変えることなく腰の長剣を抜き、土煙から現れた竜を見上げる。鳥のような姿をした個体。暗色の身体には爪と牙を持ち、大型としてのサイズは標準的。
よく見る種類。いつもと同じ手順。
(竜は、狩る――)




