表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/18

第3話 妹と竜3

 竜が出た。誰もいなくなった。


 この日、ソウは初めて竜を見た。その姿はまるで鳥だった。

 翼で草地に波を起こしながら、縦横無尽に空を駆ける。黒ずんだ全身は体毛のような細かい鱗で覆われて、足の先には鋭い爪、さらにクチバシのような口からはギラリと牙をのぞかせていた。何より驚いたのはその巨体だ。ソウが十歳の子供だから大きく感じるのではない。大人でもまるのみにされそうなほどだ。


 それが、何匹もいる――。


 人も、テントも、建物も。

 次々と壊されていく――消えてしまう。


 逃げろ。早く逃げるんだよ。

 おばあさんの怒鳴る声がして、やがてそれも消えてしまった。


 ソウは逃げなかった。そんなことできるはずがない。妹が残っている。足がすくんで立てないみたいだ。


「お兄ちゃん……」

「何も、怖くないからな」


 ――――怖い。だけど、まだ五つの妹はもっと怖いはずだ。

 ソウは妹の不安が少しでもやわらぐようにと、震える身体をしっかりと抱きしめて、そっと頭をなでてあげる。それから小さな妹を背に隠すようにして立ち上がると、頼りない木の棒を強く握りしめ、眼前にまで迫ってきた竜をにらみつけた。


(怖くなんか、ない……!)


 何度も何度も言い聞かせて――。


(こんなやつら、ぜんぶ……!)


(ぜん、ぶ……)


(……)


 ◇


 次にソウが見たのは、真っ白な光だった。

 寝起きの目にはまぶしくて太陽かと思った。だけど、違う。真っ白な天井がある。建物の中だ。


(……?)


 頭の中がぼやっとして、思考が働かない。ソウは顔を動かしてみた。

 真っ白な壁の部屋。淡い色のじゅうたんの上には、知らない物がたくさん置かれていて、知らないお姉さんが寝そべって何かに目を落としている。


「ここ……どこ?」

「王都だ」


 お姉さんと目が合った。きりっとした顔つきなのに、だらっとした服装をしている。ソウよりずっと年上ではあるのだが、大人なのか子供なのかまでははっきりとしない。そんなどこか曖昧なお姉さんだった。


「おお、と……?」


 ソウはつぶやくように言ってみる。わからない。王都なんて言葉、聞いたことがなかった。

 不意に焦る気持ちが湧き上がってくる。どうしてこんな所で寝ているのだろう。みんなはどこに……。そういえば、何かがあった気がする。大変な、とても大変な何かが――。


(あ……)


 その瞬間、ソウの頭に竜の姿が過ぎった。

 ソウは慌てて身体を起こす。めまいがして、全身に激痛が走った。まるで何かに殴られた後みたいだ。うずくまりながら、あちこちに白い包帯が巻かれていると気づいた。


「無理をするな。何日も寝ていたんだ。腹は減っていないか? すぐに用意させ――」

「……どこ」

「む? だから――」

「どこっ!」


 ソウは叫んでから立ち上がろうとするが、寝床が高くなっていて転げ落ちた。危ない、と聞こえる。だけど、そんなことを気にする余裕はない。ソウは痛みを忘れて起き上がると、一目散に部屋から飛び出した。




(…………ここは、どこ?)


 遠くに高い壁が見える。どうやら周りをぐるっと囲んでいるようで、まるで屋根のない建物の中だ。それなのに、箱みたいな建物がたくさん並んでいる。


 たくさんの音。たくさんの人。

 だけど、誰もいない。最後まで残っていた妹の姿もない。


(みんな、どこ……?)


 ソウは走った。人とぶつかりそうになった。それでも走った。

 知らない場所。知らない顔。

 走っても、走っても……!


(どこ、どこ、どこ…………!)


 誰もいない。誰もいない。誰もいない。

 ついには疲労の限界がきて、ソウの足がもつれてしまう。


(ど、こ……………)


 ソウは石の敷かれた地面に倒れてしまった。

 じわじわと全身に痛みが戻ってくる。身体が動かない。頭すら上げることができなくて、ソウは現実から逃げるように涙のにじんだ目を閉じる。しかし、そこに見えたのは何もない暗闇だった。


(誰も、いなくなった――)


 胸の奥がぞわぞわとする。気分が悪くて、今にも吐きそうになる。

 痛い。痛い。鼓動が痛い。それがガタガタと全身に伝わって、同時に何かが……空っぽな何かがソウの頭を満たしていく。

 これは、何――――?

 怖いとは違う。不安やさびしいでもない。そんな感情ごと、ソウそのものを消し去ってしまうような何か。ダメだ。これはダメだ。ソウは本能的にそれを追い出そうと絶叫しかける。そのときだった――。


 妹の泣く声がした。

 過ぎ去るように一瞬だけ。幻のように曖昧に。


 ソウははっと我に返って目を開ける。動かなかったはずの腕に力を込めて、ぐぐっと顔を上げると、()()()()()()()妹を見つけようとしていた。

 たくさんの人が見える。驚いた顔でソウを囲んでいる。……知らない顔ばかり。妹の姿はなかった。


(――いや、いる)


 ずっと聞いてきた声。聞き間違えるはずがない。

 ソウは歯を食いしばって立ち上がると、まるでにらみつけるような形相で辺りを見渡す。その姿には、群衆をのけぞらせ、近寄らせないほどの凄みがあった。


(どこにいるの……?)


 ふらつく足を前へと進める。


(どこで泣いているの……?)


 一歩進んでは目を動かす。何歩も、何歩も繰り返す。


(怖がってる。早く、見つけてあげないと)


 妹は見つからない。どれだけ歩いても見つからない。

 どこに、どこに――。


「ようやく見つけた」


 誰かがソウの両肩を支えるようにつかんでくる。おぼろげに顔を上げると、先ほどのお姉さんが息を切らして立っていた。服装は動きやすそうなものに変わっていて、くせ毛のある短めの髪が少しだけ乱れている。


「とんでもない体力だな。だが、さすがに限界のようだ。ほら、戻るぞ。歩くのが辛いならおぶってやろう」

「……行かない」

「そんなことを言うな。拾った縁だ。対価など求めはせんよ」


 お姉さんが言うには、ソウは倒れていたところを助けられ、この王都へと運ばれたらしい。もう何日も前のことだ。故郷は見るも無残な状況だったようで、見つかったのはソウ一人だけだと言われた。

 違う、とソウは首を振った。妹はいる。声が聞こえた。怖くて泣いているときの声。きっと今も――。


「妹……? 妹がいるのか?」


 ソウは黙ったままうなずく。お姉さんは少し迷ったような顔をして「わかった」と言った。


「この王都にいるのだな? それであれば打てる手は多い。わたしに任せておけ。すぐに見つかる。さあ、行くぞ――」


 そのとき、風を裂くように甲高い音が響いた。続けてドンドンドンと何かをたたく音がして、周囲の人々が騒めき出す。竜だ、竜だ、と聞こえてくる。


「こんなときに――!」


 お姉さんはキョロキョロしながら「どこをほっつき歩いている」とぼやいて、「避難だ」とソウの腕を引く。しかし、ソウは動かなかった。騒ぐ声にじっと耳を傾ける。


 ――りぅ。


 ふと妹が竜を怖がった日のことを思い出した。それが最後に見た、怯える妹の姿に重なった。


「……竜が、怖いんだ」


 小さくつぶやくと、ソウの頭の中がすっきりとしていく。


 見つけた。妹が見つからない理由。

 竜だ。

 妹は怖がりだから。竜がいると出てきてくれない。


(竜が、いるから――)


 ソウはお姉さんの手を振り払って走り出す。

 避難する人の流れに逆走し、その先でソウは上空に黒い影を見つけて立ち止まった。


(竜……!)


 大きさはソウと変わらないくらい。だけど、竜だ。確信して強い威嚇の念をぶつけると、それに竜も気づいたのか、ソウを目がけて急降下してきた。


(竜、竜、竜――!)


 みるみる距離が縮まっていく。あと少し――のところで、突如として誰かがソウを追い抜くようにして割り込んできた。


(……え?)


 ソウが理解するよりも先に、竜の胴体が二つに割れて、たたきつけられるように地面へと落下した。その残骸をぼう然と眺めていると――。


「無事ですか?」


 柔らかい声にソウは顔を上げてみる。そこで微笑んでいたのは、知らないお兄さんだった。


 ◇


 それからほどなくしてのこと。

 竜を狩る子供がいる。そんな噂が王都でささやかれた。


 ――うちのガキくらいだって聞いたぞ。

 ――とんでもない大物をやったとか。


 憶測が憶測を呼ぶ中で、さらに一つ奇妙な話があった。

 その子供は横たわる竜の死骸を前にして、喜ぶわけでもなく、誇るわけでもなく、まるで心をなくしたみたいに泣いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ