第2話 妹と竜2
「――ソウ、今日もここ?」
やってきたのはお姉さんの弟だ。妹の世話が始まってから、同い年のソウがずっとこの建物にいるから気になったのだろう。ちょうど妹は寝ついたところで、それをうんざり眺めるソウの姿が不思議だったのか、窓の外から首を傾げている。
「何してるの?」
「何かしないか見てる」
「ふうん? 大人にやってもらったら? 呼んでくる」
「いい。どうせ泣くから」
妹はわがままで、何かと理由を見つけては泣いている。
困ったことに、ソウがいないというだけの理由で泣いてしまう。それも大泣きだ。そのせいで、ソウは妹から離れることができなくなっていた。これには大人も手を焼いているようで、いつものおばあさんも気味が悪いくらいに優しい。だけど、遊べないことには変わりなかった。
竜騒ぎが終わって、窓から見える空はカラッと晴れているのに、ソウにできるのは妹が起きたときの相手くらい。その妹はといえば、短い手足を振り回しながらわめくだけで、何を考えているのかもわからなくて、ソウはつまらなかった。
「それじゃあ、ここで遊ぶか」
それからお姉さんもやってきた。少しは退屈もまぎれたけれど、やっぱりソウは外で遊びたい。
(早く大きくなってくれないかなあ)
◇
「――にぃ」
覚えたての言葉で呼ばれ……ソウは目を離したことに後悔した。
いつもの部屋。床にぺったり座った妹が、自慢でもするかのようにおかゆの乗ったスプーンを見せつけてくる。スプーンを握る手は震えていて、今にもおかゆがこぼれ落ちそうだ。
「ああ、もう。遊んじゃダメだよ」
ソウがやめさせようと妹に近寄ると、そのすぐ隣に座っていたお姉さんが「ソウ君、違うよ」とたしなめるように言ってきた。
「何が?」
「食べさせてあげるってしてるの」
「え……何で?」
ソウが困惑した顔をすると、お姉さんは弟と一緒になって笑い出した。
「にぃと同じこと、したいんだよね」
お姉さんは妹のぷっくりとした頬をつついてから、今度はソウに向かっていじわるな笑みを浮かべてくる。
「ほらほら、お兄ちゃんしてあげないと」
「そんなの――あ」
文句を言うより先に、おかゆが敷物の上に落ちてしまった。妹が今にも泣きそうな顔を始める。
(言ったのに……!)
思っても仕方がない。ソウは妹の機嫌を直そうと、床に落ちたおかゆを大丈夫そうなところだけ指ですくって食べてみせた。
妹は泣くのをやめて、ボーっと何かを考えるようにソウを見ている。それから突然またおかゆをスプーンですくうと、今度はそれを床に落とそうと傾け始めた。
「ちょっと――何してるの!」
「うーん。ソウ君のマネ?」
「こんなのやってない!」
妹は動き回るようになってから、日に日におかしなことを増やしていく。ソウ君みたいとお姉さんは言うけれど、そんなことはないと思った。とにかく毎日が大変だ。
◇
また竜が現れて、今度は父親がいなくなった。
妹の世話があってから、ソウは父親と話す機会が多かった。だからなのか、胸がもやもやとして息苦しい。お姉さんたちがいなくなった日と同じだった。
話を聞かされた後、ソウはまるで動き方を忘れたみたいに、テントの前で立ち尽くしていた。
――妹が泣いている。
それに気づくなり、ソウは急いでテントの中へと戻って、いつものように妹をあやしてあげる。何だか泣き方がおかしい。
「りぅ……やぁ」
妹はまだうまくしゃべれないから、理由を知るだけでも大変だ。どうやら竜を怖がっている。外での話が聞こえてしまったらしい。
ソウはなだめようとするのだが――。
「やぁ!」
どうすればいいのかわからない。こんなことは初めてだった。
何をしても妹は泣きやんでくれない。外に出るのも嫌がってしまった。
その夜、ソウは生まれて初めてうなされた。
集落のみんなが次々と暗闇の中に消えていき、たった一人になってしまう。そんな夢から逃げるように目を覚ましても、視界に飛び込んだのは真っ暗な闇だった。
誰の姿も見えない。誰の声も聞こえない。本当に誰もいないみたいで、いつものテントにいるのかさえも不安になってきた。
ソウは辺りを探ろうとする。そのとき、ふと左腕に違和感を覚えた。ひんやりとした夜なのに、まるで昼のような温もりがある。不思議に思って上掛けをめくってみると、妹がしがみついていた。ソウの寝床に潜り込んでいたみたいだ。
(……今日は大変だったな)
昼間の記憶がよみがえる。妹が泣き疲れて眠るまで、ずっと相手をした。寝ついてからも様子を見ていたから、さびしいと考える暇なんてなかった。思い出しているうちに、自然とソウの表情が緩んでいく。
「にぃ……」
かすれるような声がした。妹が目を開けている。どうやら起きていたみたいだ。涙の滲んだ瞳を不安げに揺らしながら、じっと上目でソウを見つめている。
(まだ怖がってる)
ソウはつい笑ってしまった。
不安な妹には悪いけど、安心できる。本当に世話の焼ける子で、いつもソウの傍にいて、いつもソウを困らせる。いなければと思う日もあったけど、今ではいない日の方が想像できない。だから、この子だけはいなくならない気がした。
「……おいで」
ソウは妹の手をほどき、身体を起こしてから話しかけた。怖がりな妹は迷っている。そっとその小さな手を引いてあげた。
テントの入口に座って、膝の上に妹を乗せる。片手でドアを押すと、湿った草の香りがして、冷たい月の光が入ってきた。
「ほら、上」
きらきらの散らばった空――。
妹はいつも暗くなるとすぐに眠るから、これが初めての星空だ。だらしなく口を開けて、まるで月をマネするみたいに目をまるくしている。
「怖い?」
「……りぅ、ない?」
「いないよ」
まだ妹は震えている。ソウは優しく妹の後ろ髪をなでてあげた。妹はこうしてあげると落ち着いてくれる。
「いても大丈夫。怖い竜はやっつける」
それから二人でこっそり外に出た。
ほら、そんなに騒ぐとみんな起きるから――。




