第18話 幽閉の祈り子12
竜を退治して安堵するのも束の間、ソウたちは警戒を強め、急いで地下空洞から脱出した。エレベータで建物内にまで戻ると、そこにルアたちの姿があってソウは驚く。
「ルア……? アイトも」
「無事だったか」
ルアが安心した顔で近寄ってくる。
「よからぬ話があったのだが、杞憂に終わってくれて何よりだ。後ろで寝ているのがヒナだな? 少し見せてくれ」
ヒナは相当に疲れがたまっていたようで、ソウが背負っているうちに眠ってしまっていた。
ルアはソウの横に回り、ヒナの容体を確認し始める。その間に、アイトはカスミからマスターキーを回収していた。どうやらカスミたちについてもルアが責任を持つようで、今日のことで何か問われたらルアの名前を出すようにと伝えている。
「そういえば、ルア。そこのドアだが……」
ソウは言いながら、この部屋に入る際に壊したドアへと目を向ける。
「ん? ああ、気にするな。あんなものは直せばいい。それより急いで王都へ戻るぞ。車はこの上に止めてある」
「急いで?」
「時間がない。とにかく急いでくれ。カスミよ、バタバタしてすまんな。今回の件は助かった。感謝する」
「わたしの方こそ。ありがとう、ルアさん、アイトさん」
カスミとミントがソウの方を向いてくる。
「それじゃあ、ソウ君。いったんここでお別れみたいだね。またミント君と王都に遊びに行くよ。あ、ヒナちゃんの着ているマントはそのときに返してくれればいいから」
「俺はあまり王都へ行ったことないからね。案内の方はよろしく頼むよ。またな」
「ああ、わかった。必ず来てくれ。……ありがとう」
二人と簡単に別れを済ませた後、ソウは急かされるように地上へと出た。
――のだが。
そこに広がる光景を見て、ソウは目を疑った。
「もう現れたか」
ルアのつぶやきをかき消すほどに、警備の傭兵たちがざわついている。その視線の先にあったのは群れだ。竜の群れ。何十匹もの群れが、四方八方から飛んできている。大型も数匹ほど混じっていた。
(何だ、これは……)
竜が複数で現れることはあっても、ここまで大量に現れたのをソウは見たことがない。
……いや。強いて言えば、ただ一度だけ。これほどではなかったが、ソウの故郷が襲われたときに似ている。
「ソウ! ボヤっとするな。早く乗れ!」
ルアが車の横から叫ぶのだが、ソウは動くことができなかった。ここにはカスミたちもいる。故郷での出来事が重なって、心音が、呼吸が荒くなっていく。剣に手が伸びそうになる。そのとき――。
「こら、ソウ。お姉さんを待たせるもんじゃないぞ」
聞き慣れた声。そこには斧に寄りかかりながら片手を振るいつもの男傭兵と、狙撃銃を肩にかけた女傭兵の姿があった。
「よっ、無事に迎えに行けたんだな。そんなにかわいらしい子を連れてるんだから、今日くらいサボっとけって。何だ何だ、そのとぼけた顔は。おまえなあ、頼れって言ったじゃないか。そんな頼りないお兄さんに見えるわけ?」
「わたしも同意見だ。ここは我々に任せろ。妹に怪我をさせるつもりか?」
さらにそこへ――。
「へえ、その子がねえ」
リーダーが傭兵たちを何人か引き連れて現れた。リーダーはチラッとヒナに目を向けてから、ソウにいつもの笑みを見せてくる。
「メシに行く話、もう一人分追加だな」
「え……」
「うまいもん食わせてやるよ。だから無事に連れて帰りな」
それからリーダーは傭兵たちに振り向いた。
「おい、誰かうちの連中に伝えてこい。今日は詰所で祝杯だ。一杯おごってやるから、誰も死ぬんじゃねえってな!」
「え……それ本当? はいはいっ! 俺が全力で伝えてくる!」
「全力を出すのはそこじゃないだろ……」
あきれ顔の女傭兵をよそに、男傭兵は急ぎ足でその場を離れていった。
リーダーはその様子に笑った後、またソウへと顔を戻してくる。
「行けよ、ソウ。俺たちの仕事が何か、忘れてんじゃねえぞ」
リーダーたちが持ち場へ向かっていく。その後ろ姿をぽつんと眺めながら、同時にソウの中で決してそれらを失ってはならないという気持ちが芽生えていた。
ソウは歯をかみしめる。
(大型だけでも――)
ポンっとソウの肩に手が置かれた。いつの間にか隣にいたアイトが、まるでソウの心を読んだかのように、微笑みながら首を振ってくる。
「行きますよ」
「だけど……」
「彼らはソウの力になると言ってくれたのです。こういうときは頼ってみるものですよ。心配いりません。『竜狩り』は、あなただけではありません――」
その直後だった。上空から町に入り込もうとしていた大型竜の一匹が地上へと落下を始める。ソウは何が起きたのかわからなかったが、遠目に竜と共に落ちていく人影が見えたような気がした。
「さあ、ここは任せましょう」
アイトに連れられるまま、ソウは車に乗せられる。それから車はすぐに出発した。祈り場を出て、街を出て、竜から離れるように王都へ進んでいく。しばらくして、ようやくソウの心は落ち着いてきた。膝の上からヒナの寝息が聞こえてくる。
(ヒナ……)
ソウはじっとヒナの寝顔を見つめる。
触れることすらためらった夢の中では決して感じられなかった温もり、そして太陽のようなまぶしさ。この五年、ずっとずっと求めていて、ずっとずっと忘れられなかったもの。それが確かに戻ったのだと実感した。
だけど――。
同時に不安も覚える。
大切にしなかった過去がある。過ちを繰り返す未来が怖い。
それを思うと、また胸が苦しくなった。もしかすると、大切だと思うこの気持ちは嘘なのかもしれないと。
(……いや)
どうせわからないのだから信じよう。今抱いているこの気持ちを信じよう。
カスミや、ミントや、みんなが支えてくれたこの気持ちを信じよう。
この先、どんな苦痛があったとしても耐えてみせる。
だから、せめて――。
いつかこの子が大きくなって、必要とされなくなるその日まで。
(もう一度だけ、兄をしよう)
強く、心の中で誓った。
「お兄ちゃん……」
おぼろげなヒナの声にソウは気づく。どうやら寝言だったようだ。ソウは穏やかな寝顔にふっと表情を緩めた後、何気なく指を伸ばし、そっとくすぐるようにしてヒナの頬をなでてみる。
ヒナが笑ったような気がした。
[少年編終了]




