第16話 幽閉の祈り子10
「ねえ、ミント君。あれって……ソウ君なのかな? ヒナちゃんもいる?」
「そうだね。間違いないよ」
ヒナを連れて点々と続く火の道を頼りに少しだけ戻ったところで、ソウはカスミたちと合流した。どうやらカスミは祈り場に入ったところでヒナが竜葬場に連れられたことを耳にして、それからミントと合流するなり、急いでこの地下空洞にやって来たらしい。
「ヒナちゃん、無事だったんだね。よかった」
「わ……カスミお姉ちゃん?」
カスミが飛びつくようにヒナの小さな身体をぎゅっと抱きしめる。
「ぅぅ、苦しい」
「あ、ごめんね。つい嬉しくて」
カスミはヒナから身体を離す。一息ついたヒナに今度はミントが話しかける。
「久しぶりだね、ヒナ。小さかったから、俺のことは覚えていないかな?」
「え……? あ……ううん。あれ? 名前……ええっと、ええっと。ミント君……?」
「へえ。名前までわかるんだ。カスミ姉から聞いていたの?」
「うん!」
ミントは嬉しそうにするヒナに笑いかけて、すぐにその表情を引き締める。
「さて、ヒナを無事に見つけたことだし、さっさとここから離れよう。危険な場所には変わりないからね」
それを聞いて、ソウは竜が徘徊していることを思い出す。
「ヒナ、やっぱり急ごう。背中に乗るんだ」
「う、うん……。わかった」
ヒナは少しだけ残念そうにしたけれど、素直にソウの言うことにうなずく。ソウはいったん周囲を確認してからヒナを――。
(む……?)
ソウは違和感を覚えた。暗がりの奥で何かが動いている。耳を澄ますと、ずりっ、ずりっ、と何かの這う音がする。近づいてくる。
「お兄ちゃん……?」
「ソウ君、どうしたの?」
「しっ――」
ソウは黙るように身振りで伝え、音のする方角への警戒を強める。ちょうどヒナと再会した場所――祭壇のさらに奥だ。
「走る準備を。あそこに何かいる」
「何か……? わかったよ。カスミ姉もいいね?」
ミントはそう言って、戸惑っているカスミの腕をつかんで逃げる体制を整える。
ソウもヒナを傍に寄せ、じっと暗闇の先を見つめた。
跳ねた――。
「走れっ!」
ソウは力の限りに叫ぶと、ヒナを抱きかかえてから地面を蹴った。
地鳴りと共に祭壇が踏み潰される。巻き起こった風によって四隅の松明が吹き飛んだ。炎がバチバチと音を立てて暴れ狂い、さらに祭壇の四方の地面から燃え広がっていく。
燃え上がる炎によって照らされたそれは、まさに異形だった。
知識あるものであれば、そのじめっと黒ずんだ巨体を『カエル』と呼ばれる水生生物に重ねるだろう。しかし、水場とは縁なく生きてきたソウにしてみれば、大型竜ほどの身体を持つ未知のそれは、異形の化け物としか表現できなかった。
だが――。
竜の足元で炎が、さらに吹き飛んできた祭壇の残骸が消えていく。
(連れ去り――竜か)
ギギィ、ギギィ。低く鈍い音が、地下空洞にこだまする。『竜』が、まるで君臨でもするかのように、ゆうゆうと喉を膨らませている。
ソウは竜から距離を取った後、次の出方を見守っていたのだが、腕の中でヒナの身体がガタガタと震えているのを感じた。竜に怯えている。
ソウはいったんヒナを下ろし、カスミから借りていたマントを脱いでヒナに被せると、目元を隠すようにフードで覆った。それでもヒナが不安そうに見上げてきたので、包むように肩を抱いて「怖がらなくていい」とそっと後ろ頭をなでる。少しだけ落ち着いてくれた気がした。
カスミとミントが恐る恐るといった様子でやってくる。
「何なんだろうね、あれ。あんなの見たことないよ。まさか……竜なのか?」
「う、うん。でも、動かないみたい。ゆっくり離れたら逃げられるかも」
(――いいや)
ソウは経験から直感した。逃げられない。あの竜は既にこちらに狙いをつけている。
「……カスミ、ミント。ヒナの傍にいてやってくれ」
「ソウ君? ちょっと、まさか――」
「カスミ姉! ソウに任せよう。あれが竜なら邪魔をするのは逆に危険だ。心配いらないよ。『王都の竜狩り』は知っているだろ?」
カスミはそれでもためらったが、覚悟を決めたようにソウを見る。
「……ソウ君、連れてかれたらダメだよ。絶対だよ。ヒナちゃんと帰るんだから」
「約束する」
ソウは迷いなく言った後、まだ不安そうに見つめてくるヒナを「少しの辛抱だ」ともう一度だけなでてから、「すぐに終わらせる」と静かに立ち上がる。そして、竜へと威圧の眼差しを向けた。
まるで異界から現れたようなおぞましき姿。だが、ソウは竜を怖れない。それは過信ではなく、絶対の自信。『竜狩り』の五年が積み上げた絶対の関係。
怖れなければならないのは――――竜の方だ。
「あの竜を狩ってくる」




