第14話 幽閉の祈り子8
狭く、薄暗い階段を下りていく。そしてドアを開けた先にあったのは、まるで祈り子を象徴するかのような白の世界だった。『祈り場』。壁がわずかに発光しているのか、まぶしさにソウは一瞬だけ目を細める。
「本当に案内はいいのか?」
「ここまででいい。ありがとう。助かった」
「気にすんなって。あっちにでかい入口があるから、待つならそこだろうな。トラブルあったら呼びな」
顔見知りの傭兵が持ち場に戻っていく。リーダーの言った通り、ソウが祈り場に入りたいことを伝えると、まるで事情を察しているかのようにあっさりと中に入れてくれた。
(……カスミはいないか)
幅のある廊下に、無駄なものは置かれていない。身を潜めて待つのは難しそうだ。この辺りは祈り子も入れるらしいが、主に徘徊しているのは傭兵だとソウは聞かされた。なるべく人と遭遇するのは避けたい。
スライド式のドアが並んでいるので、ソウは取っ手の一つに触れてみた。どうやら施錠されているようだ。他もすべて同じだろう。『竜狩りの力』を持つソウならこじ開けることもできるが、逆に怪しまれるだけだ。
ソウは警戒しながら足を進めてみる。側方の壁にひときわ大きな上下スライド式のドアがあった。先ほど教えられた場所だと思い、その向かい側に目をやってみると、どこまでも続きそうなほどに伸びる廊下が目に映る。まるで進んだら二度と戻れない、そんな一本道の迷宮のようだ。
ソウはものさびしさを覚える。こんな場所でヒナは過ごしたのかと思った。
ヒナの気配は、屋外よりもはっきりと感じられる。が、まだ遠い。ここよりずっと地下にいるようだ。
――竜葬場があるのは地底。
ルアの言葉を思い出して、はやる気持ちが強くなった。このままカスミを待っていいものかとソウは迷う。そのとき、先ほどやって来た側の廊下から足音がした。ソウはフードを深く被り、曲がり角に身を潜めて様子をうかがう。
(……ミント?)
それがわかって、ソウはミントの前へと姿を現す。
「ミント」
「……っ? 何だ、ソウか。驚かせないでよ。それカスミ姉から借りたやつ?」
マントのことを言われていると気づいて、ソウは「ああ」とうなずく。
「ここで何か調べているのか?」
「そんなところ。どうも今日は警備が少ないみたいなんだ。それでこの辺りはどうかなって。警備どころか人が少ないね。搬送の予定なんかも遅らせるって聞いたし、何だか祈り場全体の機能が止まっているみたいだよ。で、カスミ姉はどこ?」
「別々に入って、この辺りで待ち合わせることになってる」
「なるほどね。ごたごたしていたし、それも関係あるのかな。ここでソウと合流できてよかったかも。それじゃあ俺もここで待つよ。ヒナの部屋を知っているのはカスミ姉だしね。それにしても――」
ミントがソウの顔をじっと見てくる。
「少しは元気を出せたみたいだね。今の君ならヒナも安心してくれるよ」
「だといいな。……ところで、ミント。ききたいことがある」
「何?」
「祈り場って、どれくらい下まであるんだ? ヒナの気配をずっと下の方から感じる」
ソウは真っ白な床へと目を落としながらたずねる。ミントは「ヒナの気配?」と首を傾げるが、すぐにソウの問いに答え始めた。
「事務なんかで人が立ち入るのは三階か四階のはずだよ。少なくとも警備の仕事はそこまでだね。あとは、祈り子の仕事場がそれよりずっと下にある。階層で言うなら……たぶん三十階とかそんなところ。さらに下となると、もう祈り場ではなくて天然の地下空洞。竜が徘徊していて、竜葬なんかはそこでやっているね。……ソウ、まさかそこにヒナがいるって言うのか?」
「そんな気がする」
ヒナの気配があるのは、三階や四階といった距離ではない。もっと、もっと下だ。
ミントが悩ましげにうなる。
「イケニエってのを考えると可能性がなくはないのか。まいったね」
「竜葬場への行き方はわかるか?」
「それはわかるけど……まさか行くつもり?」
「もしヒナがいるのなら手遅れになる。ミントはここでカスミを待っていて欲しい」
ミントは一瞬迷ったような顔をしたが、すぐに「わかったよ」とうなずいた。
「君はあの『王都の竜狩り』だしね。竜葬場は遺体を運ぶ搬入口とつながっている。ちょうどのこの突き当りだ」
言いながらミントが目を向けたのは、搬出口の反対側。迷宮のように続く廊下の先だ。
「だけど、今日は竜葬の予定なんてないよ。ロックはどうするつもり? キーはカスミ姉が持っているんだよね?」
「壊す」
それを聞いたミントが苦笑する。
「それは強引だね。でも、君らしいか。中に入ると、エレベータと緊急階段があったはず。たぶんエレベータは動かせないから階段を探すといいよ。部屋の奥の方にドアがある」
「わかった」
「俺はカスミ姉が来たらヒナの部屋を見てみるつもりだけど、いなければそっちへ行くよ」
「こっちに? 竜がいるなら危険だ」
「その竜と君が戦っている間、ヒナを一人にさせるつもり? いざとなったら俺たちがヒナを逃がす。その方が君も安心できるだろ?」
ソウの脳裏に、ヒナと別れてしまったときの記憶がよみがえる。あの日、ヒナの傍に誰かがいてくれれば、離れることはなかったのかもしれない。
「……頼む」
「任せなよ」
時間がない。ソウは搬入口に向かって走った。フードが外れたのも気にとめず、ただひたすらに走った。長い、長い通路。それを一気に駆け抜けると、巨大な上下スライド式のドアが見えた。
(ルア……後始末は頼む)
ソウは速度を落とすことなく体当たりをして、ドアをぶち破りながら中に入る。ミントに言われた階段を見つけると、考えるより先に下りていた。灯りは心細いほどに弱く、永遠のように折り返す階段の先には真っ暗な闇しかない。だけど、ソウには光が見えていた。
ヒナが近づくのを感じる。この先にいる。
終点ではしごの掛かった穴を見つけて、ソウは迷うことなく飛び込んだ。着地して立ち上がると、一目でわかった。
(ここか……)
目的の地下空洞だ――。




