第1話 妹と竜1
細長いらせん階段を一人の青年が歩いていく。名前はソウ。腰に長剣を携え、国の傭兵らしき装いをしている。その引き締まった姿には、二十歳を思わせないほどの歴戦たる風格があった。
階段を下りて、照明だけの殺風景な通路を進み、そして目的の部屋に到着する。ソウは軽く声をかけてからドアを開けた。そこにはあるのは、かわいらしく飾られた、気持ち程度に広い部屋。
「お兄ちゃん!」
綺麗な衣装に身を包んだ、十歳を過ぎたくらいの少女が嬉しそうにソウへと駆け寄ってきた。ソウは表情を緩めて腰を落とし、肩に届きそうな髪をなでてやる。
「今日は早いんだね」
「誕生日だからな」
言いながら、ソウは手にしていた紙袋の中身を取り出す。
「欲しいと言っていたぬいぐるみだ。トカゲのやつ。本当にこれでよかったのか?」
「わあ。かわいい! ありがとう、お兄ちゃん」
「気に入ったならよかった」
まぬけ顔のぬいぐるみに不安を覚えていたが、それを抱きしめる少女の姿にソウはほっと息を吐く。
これは誕生日だから贈っているわけではない。部屋は、少女の生涯でも足りないほどの品で溢れている。
(十五か……)
ふとソウは表情を曇らせる。しかし、少女に声をかけられると、すぐに何もない風を装って少女の話に付き合った。
そして面会時間の終わりとなり、ソウは少女に別れを告げて立ち上がる。
「今日も竜なの?」
「ああ」
「行かなきゃダメ?」
少女はぬいぐるみを抱いて小さくうつむいた。
「みんなお兄ちゃんのことをすごいって言うけど、わたしは危ないの嫌……」
「危なくなんてならない。ぜんぶ退治してきてやる」
ソウは少女を心配させないように微笑むと、入室時と同じように少女の髪をなでる。
「必ずここから出られるようにするからな。行きたいって話していた店にも連れていく。もう少し……もう少しの辛抱だ」
「うん……」
何か言いたげな少女にまた明日と伝えて部屋を出る。ドアを閉じると同時に、ソウの瞳に強い憎悪が宿った。
(必ず出してやる。そのためにも、竜は狩る――)
◇
ソウの出身は草原にある小さな集落。住人はテントで暮らし、こぢんまりと家畜や農作物を育てて生計を立てる。そんなのどかな場所だ。
妹が生まれたのはソウが五歳のとき。ちょうどそのころ、竜騒ぎがあった。
竜は不思議な存在で、様々な生き物の姿で現れて、あらゆるものを消す力がある。それは竜の連れ去りと呼ばれていて、その日は誰か連れ去られたと大人たちが騒いでいた――。
「ソウ君! ダメだよ!」
さんさんと太陽の照りつける草原。幼いソウがビクッと後ろを見てみると、遠いテントを背に少しだけ年上の女の子が立っている。おせっかい焼きのお姉さん。竜騒ぎのせいで子供は外に出るなと言われているのだが、その言いつけを破ったソウを連れ戻すつもりだ。
「危ないから行っちゃダメ!」
お姉さんが走ってくる。ソウは逃げようとするのだが、年上のお姉さんには勝てなくて、すぐに追いつかれて腕をつかまれてしまった。
「はい、捕まえた」
「放してよ!」
「ダーメ。竜がいるの。ソウ君なんか連れてかれるんだから」
「へーきだよ。小さいって言ってた。鳥みたいだって。そんなの追っ払ってやる」
ソウは手にしていた木の棒を振ってみせる。しかし、ムッとした顔のお姉さんにすぐにぱっと取り上げられてしまった。
「あ――!」
「それは大人がやるの。ソウ君には無理!」
「そんなことない。返してよ!」
「ダメ。竜を追い払えるなら取り返してみれば?」
ソウが不満いっぱいの目で必死に手を伸ばしても、お姉さんはどこ吹く風といった様子。ソウは諦めて手を下ろすと、代わりに頬を膨らませる。
「つまんない」
「はいはい。竜がいなくなったらね。帰ろ。一緒に遊んであげるから」
お姉さんはにっこり笑うけど、腕をつかむ力は強くなる。ソウはしぶしぶとお姉さんに引かれるように歩き始めた。
向かう先は同じテント。集落の子供たちはまとまって寝泊まりし、互いに協力しながら暮らしている。
テントの前まで戻ると、ちょうど怒りんぼのおばあさんがやってきた。今日も顔に不機嫌なしわを作っている。
「ソウ。また勝手をしておったな」
「……してない」
「まったくこの子は口ごたえばかり覚えおって。まあいい。ちょっとこっちに来い」
「どこ行くの?」
ソウはおばあさんについて行く。お姉さんも心配だからと一緒に来た。
「おまえの妹のところだ。世話を手伝ってもらわんとな」
「えぇ……」
「なんて声を出しとるんだ」
兄や姉というのは、幼子の面倒を見る理由にされる。だけど、歩けないほど小さいうちは大人たちの仕事だから、妹のことを知ったときもソウは他人事のように思っていた。
ソウが「だって」と不平を口にしかけたところで、くすっと笑ったお姉さんが、ニヤニヤとソウの顔をのぞき込んでくる。
「ソウ君がお兄ちゃんかあ。できるの?」
「できない。やってよ」
「わたしは大変なの。ぜんぜん言うこと聞いてくれない子がいるんだから」
得意顔のお姉さんが、何だかソウには悔しかった。
◇
集落には居住用のテントだけでなく、いくつかの建物がある。ほとんどは倉庫や家畜の寝床だが、病人などの世話に使われるものもあった。
連れてこられた建物は、簡素な外観ながらも集落の中でひときわ大きい。土で作られた壁は頑丈で、ソウがたたいたくらいではびくともしないのに、あまり触るなとおばあさんに注意されてしまった。
薄暗い通路の先、ソウたちはある部屋へと入る。正面の大きな窓から差し込む光がまぶしくて、ソウは思わず目を細めた。
「ソウ君、あそこだよ!」
突然お姉さんがソウの腕を引っ張った。
さっぱり片付いた部屋の中心には、大きなかごが置かれていて、そのすぐ傍には膝をついた大人がいる。女の人だけど、ソウの母親ではない。
「わあ、かわいい! こんなにちっちゃいんだ。あ、今こっち見た」
お姉さんがはしゃぐ横で、ソウもかごの中をのぞいてみるのだが――。
(かわいくない)
柔らかな布に包まれた薄着の赤ん坊。顔はまるっぽくて、口はボケっと開いて、おまけに眠たそうな目はどこを見ているのかもわからない。
(えぇ……。この子なの?)
妹を見ているうちにソウは憂うつな気持ちになった。すぐに妹から目を離そうとする。
(……ん?)
ほんの一瞬だけ妹と目が合って、その顔が笑ったように見えた。
ソウは目を凝らしてみる。そのとき、ひそひそと声がした。部屋の入口で、おばあさんが他の大人と深刻そうに話をしている。よく聞こえなかったけど、ソウには何の話だかわかった。
母親がいなくなる。身体が悪いのは知っていた。
ソウは物心ついてからずっと子供たちの中で生活してきた。だから、あまり母親と話をしたことはなく、思い出と呼べるものなんてない。それでも赤ん坊のころにはずっと一緒だったような気がする。
ソウは妹に顔を戻した。
何気なく指を伸ばして、そっとくすぐるようにして頬をなでてみる。また、妹が笑ったような気がした。




