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5章 魔王 アガンテア



挿絵(By みてみん)



 ついにここまで来た。


 長い、果てしなく遠いと思っていた旅路の果て――それが目の前に広がる漆黒の城、魔王城だった。


 だが、城の門前に立ちはだかるのは、鋭い牙と燃え立つ瞳を持つ魔獣たちと、翼を広げて天を覆う龍たち。


 数が多い。


 それだけじゃない。


 1匹1匹の息遣い、力、気迫――俺たちと互角、いや、下手をすればそれ以上かもしれない。


 圧倒される気配に、ひんやりとした緊張が胸を締め付けた。


「くそ、数が多いぜ……!」


 ブルームの叫びが響く。


 けれどその声も、すぐに消え去るような感覚がした。


 この場にいると、声がどこか重く、沈んでいくように感じるのだ。


 僕は冷静を保とうとする。


 今こそ、考えを研ぎ澄まさねばならない。


 けれど、重圧に押しつぶされそうになる気持ちは隠せない。


「このままでは、魔王城には近づくことすらできないであろうな……」


 スティフンの言葉に、俺は焦燥と不安の入り混じった思いを噛みしめる。


 焦ってはいけない。


 焦りは判断を鈍らせる。


 けれど、時間は限られている。


 僕たちの一瞬の迷いが、すべてを台無しにするかもしれない。


「せめて……僕たちの誰か一人でも魔王城に突入できたら……」


 気づけば、そんな言葉が口をついて出ていた。


 まるで無意識のうちに、心が誰かにすがるような形で吐露した言葉だった。


 けれど、その言葉にこそ、僕の本心があったのかもしれない。


「私も同意だ。3人でここを食い止めよう。しかし、誰が魔王城に行く?」


 ゴーヴェンの問いに、僕は──。


「僕が行きます」


 そう告げた時、胸の奥に静かに揺らめく灯があった。


 それは、焦燥と覚悟が入り混じる、か細い光のようなものだった。


 背後では仲間たちが僕を送り出し、互いに目配せして、無言の祈りを託してくれていた。


 重い鉄扉を開け、一人で歩みを進めたこの道の先には、ただ黒い闇が広がっていた。


 暗闇の先、魔王の支配する城内に足を踏み入れると、重く湿った空気が肌にまとわりつく。


 その重みが、僕の心にも染み渡る。


 どこかで蠢く魔獣たちの呻き声が、静寂を破るように響いていたが、耳には届かぬかのように、僕の意識はただ一つの目的に囚われていた。


 彼女、アリスを救い出すこと。


 それだけだった。


 僕の剣は、今やただの飾り物にすぎないかのようだった。


 魔王の力は、想像を超えるもので、僕の攻撃などまるで小石を投げつけるようなものだった。


 そう、それでも引き下がることはできなかった。


 僕は、アリスを幽閉する理由を知りたかった。


 その真意を、魔王に問いただすために。


「魔王。あなたはアリスを開放する気はないのですか」


 問いかけた言葉は、虚空に溶けて消えるかのように重たく響いた。


 魔王は、無機質な冷笑を浮かべ、飄々とした声で答えた。


「ないな。アリスはこの城でずっと幽閉されるのだ」


 冷たい声の響きに、僕は拳を握りしめた。


 彼女が幽閉される理由、それが知りたかった。


 僕の心の奥に潜む疑念と、不安と、微かな希望とが、相互に引き裂き合っていた。


「なぜ、アリスを幽閉しているのですか」


「知れたこと。アリスはこの魔王城にいるべきだからである」


 この「べき」という言葉に、どこか異様な執着が込められていることに気づいた……いる「べき」とは?


 彼女がそこに存在し続けることに、一体どんな意味があるのだろうか。


「それが世界の為だからである」


 世界のため? 一瞬、言葉の意味を理解することができなかった。


 なぜ、彼女がただ囚われ続けることが、世界のためになるのか。


 僕には、それが到底受け入れがたい現実に思えた。


「どういう事ですか?」


「黒の勇者。貴様が知る必要はない」


 魔王の無慈悲な言葉が、心に突き刺さる。


 アリスを開放する気がないのだという事実が、確かなものとなった瞬間、僕は目の前の闇の中で一つの決意を固めた。


「そうですか。なら、僕が魔王軍に入るというのはどうです?」


 その提案に、魔王は一瞬、表情を歪めたようだった。


 そしてすぐに、愉快そうな笑みを浮かべ、冷たく響く声で問い返してきた。


「どういう事だ?」


「僕はアリスを守りたいだけです。アリスがずっとここにいるというのなら、僕はここでアリスを守ります。その為なら僕は何でもするでしょう」


 言葉を放った瞬間、僕の心は静かに揺らめき、目の前に広がる黒い闇が、いつしか僕を包み込む温もりのように感じられた。


「この後、残りの勇者たちが魔王城に侵入して来るでしょう」


 そう、それは時間の問題だ。


「白の勇者は、あの中で一番火力のある魔法型アタッカーですが、洗脳魔法が過去に効いたということは魔王の方が白の勇者より魔力量は上なので制圧は容易です。耐久力はないので最初に倒しましょう」


「ほう?」


「次に赤の勇者は挑発して攻撃させてください。彼は直情的で、魔王は物理反射があるので勝手に自滅します。最後に耐久力のあるブーストスキル持ちの青の勇者は、僕を人質にでもして持久戦に持ち込んでください。人間の魔力量は無限ではないので、魔力切れを起こしてブーストスキルは切れます」


 僕は残りの勇者のスキルと対策を魔王に売った。


「青の勇者は賢いので演技だとすぐに見破るかもしれない。僕を人質にしている時は、本気で僕を殺すつもりで人質にしてください。その代わり──」


 僕は、魔王の目をまっすぐ見据える。


「アリスには危害を与えないでください」


 魔王は、口元を歪め、楽しげに笑う。


 その声が、冷たくも残酷な余韻を引きながら、闇の中に響き渡った。


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