4章 白の勇者 スティフン
出会いは、まるで悲しき嵐の中に漂う亡霊のように、不意に訪れた。
白髪の賢者、スティフン=フォゲット=デーモンタイル――その年老いた姿は、悠久の知識と威厳を纏い、まさに賢者の名にふさわしい佇まいであった。
しかし、今、彼の眼には曇りがあり、得体の知れぬ冷たい光が宿っていた。
「行かせはせぬ、魔王城へ向かう者たちよ」
その声は低く、恐ろしく響く。
「インフェルノ……!」
そして次の瞬間、俺たちは彼の放った炎魔法によって四方を焼かれた。
烈火が空気を引き裂き、世界は灼熱に包まれる。
スティフンの指先から放たれる炎は、止めどなく繰り返され、まるで降り注ぐ炎の雨のようだった。
「ソードエンチャント……『заморози』……!」
カインドの剣に宿した氷の力が『インフェルノ』を相殺するが、彼もまた防戦一方。
「手数が……違い過ぎる……!」
強大な炎の連撃に俺たちの攻撃は届かず、まるで悪夢のような光景が続く。
だが、ふと、その炎の狭間に見えた。
スティフンの鎧の奥、胸元に埋め込まれた黒い魔石――俺はあれを見たことがある。
「あれは……リベリオン・マテリアル」
魔王の洗脳魔法を受けた者たちが身に着けている、彼を操る魔王の呪いの正体。
俺の心に閃きが走り、隣に立つブルームに声をかける。
「ブルーム、俺たちで奴の攻撃を引き付けるんだ。カインドはその間にあの魔石を――」
「あ? 魔石がなんだって?」
「あの魔石は魔王の洗脳道具。あれを破壊すれば白の勇者は正気を取り戻す」
「で、俺らが囮になるってか?」
「そうだ、耐久のある俺たちがタンクになって、カインドに魔石を破壊させる」
ブルームは微かに頷き、力強く斧を構え直す。
全身に熱と痛みを感じながら、俺たちは炎の暴雨の中へと飛び込んだ。
スティフンの『インフェルノ』は容赦なく俺たちを追い詰めるが、俺たちはひるまず突き進む。
その激しい烈火の中で俺の盾が熱を帯び、ブルームのバトルアックスが炎を断ち切る。
「フィジカルブースト……『バイタリティ』、『ファイアレジスト』、『マジックレジスト』……!」
俺は、自身の耐久力と火炎耐性、魔法耐性を大幅に向上させた
俺のブーストは一度に3つのステータスの向上が限界だ。
それ以上は体が持たない。
そして、囮としてタンク役に徹する為に、攻撃系のステータスは一切上げない。
その全てを耐久に振った。
スティフンの視線を引き付け、炎の雨の中で足を止めず立ち向かう。
「消し炭になるがいい……ヘルインフェルノフルバースト……!」
スティフンが無数の『インフェルノ』が降り注ぐ大魔法『ヘルインフェルノフルバースト』を詠唱する。
だが、賢者といえど、大魔法はその強大な威力の反動で、発動後の隙が生じる。
そのリキャストは5秒。
その間、彼の絶え間なく降り注ぐ攻撃魔法は、止まる。
俺とブルームが無我夢中で彼の猛撃を受け止めるうち、カインドが一瞬の隙を捉え、剣を構えた。
「ソードエンチャント……『пламя』……ソードエンチャント……『заморози』……!」
カインドは炎の剣と氷の剣を構えた。
「блаженная евфросиния……!」
そして、次の瞬間、鋭く放たれた一閃。
魔石に向けられたカインドの剣が、見事にその呪いの核を打ち砕く。
烈火の嵐が、重苦しい空気の中に沈みゆく。
すべてが静寂の中に包まれ、まるで俺たちの鼓動だけが時を刻んでいるかのようだった。
目の前には、一人の老人――いや、誇り高き白の勇者スティフンが、立ち尽くしている。
彼の瞳に宿っていた曇りが、嘘のように消え去り、代わりに安らかな光が戻ってきた瞬間、それは俺にとって奇跡のように感じられた。
「……わしは……いったい……」
「あの黒い魔石が……貴方を操っていたんです、白の勇者」
俺は静かに告げる。
言葉が出た瞬間、彼は一瞬、目を閉じ、深くため息をついた。
「私は……なんと愚かだったのだろう……」
声には、深い悔恨と哀愁が混ざり、己の無力を悔やむかのようだった。
俺は静かに、だが確かに、彼の肩に手を置いた。
「貴方の意志は戻った。もう迷うことはないはずです……さあ、共に行きましょう、魔王の元へ」
「ったく、手こずらせやがって」
「行きましょう。僕たちには貴方の力が必要です」
そう告げると、スティフンは微かに頷き、鋭い眼差しを取り戻した。
まるで深い霧が晴れたようなその表情に、彼が勇者として再び立ち上がる意思を感じる。
彼の白髪が、光に反射してまるで聖者のように輝いて見えた。
「ああ、共に行こう、魔王城へ」
スティフンが言ったその声には、もうかつての冷たい硬さはなかった。
代わりに、失われた信頼と新たな覚悟が宿っている。
俺たちは静かに、しかし確かな歩みで、魔王城へ向かう道を再び歩み出したのだ。
冷たい夜風が吹き抜ける中で、俺たちは肩を寄せ合い、進み続ける。
暗闇の中に光が見える気がした。
その光が、俺たちが進むべき道を照らしているように感じられた。