2章 赤の勇者 ブルーム
「おい、お前も勇者だろ」
荒野に響く声が、戦場の開幕を告げた。
突然に、だがまるでそれが当然の流れであるかのように。
深紅の髪は風に揺れ、燃えるような赤い鎧に身を包み、その手には常人ならば持ち上げることすら困難なバトルアックス。
巨大な斧が彼の手で軽々と振られるたび、まるで炎そのものが形を成しているかのようだった。
「俺様は、赤の勇者――ブルーム=ジェンダー=サイドリバーだ。俺様と勝負しろよ」
目の前に立ちはだかるその男――ブルーム=ジェンダー=サイドリバー。
その口ぶりは、傲慢だが誇りに満ちている。
彼にとってこの戦いこそが、人生のすべてを懸けた儀式なのだろうか?
「僕は、カインド=ヴィジター=チェリーブロッサム……黒の勇者です。僕は先を急いでいるんです。一刻も早く魔王城に行かなければ。あなたと戦っている暇はありません」
彼は挑む者の目で見つめ返してくる。
だが、今は急がねばならない。
魔王の元へ、アリスを救うために。
僕にとっての戦いは、彼との戦いではない。
だからこそ、先を急がねばならない――そう思う僕に対し、彼はただ鋭い笑みを浮かべている。
「魔王なら俺様がぶっ倒してやる……てめえをぶっ飛ばした後になッ!」
息を飲む。
目の前の男の力は、圧倒的だ。
彼のバトルアックスが空を裂く度、風が悲鳴をあげ、砂が舞い上がる。
その巨岩をも砕く破壊力。
まるで荒れ狂う獅子のような圧力だ。
「くッ、パワーもスピードも桁違いだ……」
苦しみながらも、僕は剣を握りしめ、最後の希望に縋る。
守りに入ったら駄目だ。
ブルームのペースに飲まれてしまう。
「ソードエンチャント……『пламя』」
剣に炎を宿し、再び挑む。
炎の属性をまとったこの一撃で、彼を制することができるのだろうか。
だが彼は嘲笑を浮かべ、静かに呟いた。
「無駄だぜ……マジックデモリッション!」
僕の剣に宿した炎の魔力は、瞬く間に打ち消された。
目の前の敵は、すべての魔法を無効化する力を持っている――それが、赤の勇者ブルームの切り札だ。
僕が繰り出す魔法の全てを、まるで一片の塵のごとく、跡形もなく消し去ってしまう。
その強大な力に圧倒され、追い詰められる僕。
しかし、僕の中には諦めという言葉はない。
目の前に浮かぶアリスの微笑み、その面影が僕を駆り立てる。
彼女を救うためには、どうしてもこの壁を乗り越えなければならない。
そう、彼の「マジックデモリッション」にも弱点があるはずだ――。
「エンチャントソード……『заморози』」
「させるか……マジックデモリッション!」
……反動で、わずかに動きが鈍くなる……?
気づいた。
彼が魔法を打ち消す度に、ほんの一瞬だけ、その動きにわずかな遅れが生じることに。
ここに僕の勝機があるかもしれない。
僕は次の一手に賭ける。
――そして、その時が来た。
彼がバトルアックスを振り上げた瞬間、僕は炎を宿す魔法を再度、剣に込めた。
その刹那に放つ――そうすれば、彼の「マジックデモリッション」が発動する。
そう、その僅かな隙を、見逃さない!
「エンチャントソード……『заморози』」
「させるか……マジックデモリッション!」
左手の氷の剣を無効化された瞬間、僕の右手の剣が炎の力を纏って閃いた。
「エンチャントソード……『пламя』」
一撃目を消し去られた後、間髪を入れずに繰り出した二撃目。
「……リキャストが……間に……合わね……ぐッ……」
炎を纏った刃が、彼のバトルアックスを弾き飛ばす。
打ち破られた斧が宙を舞い、勝敗は決したのだ。
刃を彼の首元に突きつけ、勝利を告げる。
「そのスキルは厄介ですが、発動にリキャストがありますね。肉体の負荷も、それなりにある……あなたのパワーとスピードは大したものですが、魔法を解除した直後は、著しく動きが鈍っています……それがあなたの弱点」
「……降参だ。見事なものだよ」
彼の言葉には、悔しさと共に敬意が滲んでいる。
その潔さが、彼の強さの証なのだろう。