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1章 黒の勇者 カインド

挿絵(By みてみん)


 ホーンオブリベリオン──剣と魔法の静寂と激動の交わる地。


 そこにはかつて、天使たちが奏でる調和の旋律が響き渡り、穏やかな秩序が広がっていた。


 天使たちはこの世界を、その翼で包み込み、果てない空からの守護者として人々に希望と平穏をもたらしていた。


 しかし、破滅の影は音もなく忍び寄り、やがて、すべてを飲み込む深淵の暗黒へと姿を変えた。


 その闇を統べる者──魔王アガンテア。


 彼の名は畏怖と絶望と共に語られ、この世界のすべてを蹂躙するかの如く、彼の軍勢はこの地を血と涙で染め上げた。


 魔王軍の行くところ、命の叫びは絶え、天使たちは狩られた。


 天使狩りと称されるその冷酷な所業は、無垢なる者たちの命を躊躇なく奪い去り、空には二度と美しき翼の舞う音は響かない。


 今や天界は、声なき静寂の墓場と化し、天使たちの歌も、羽ばたきの囁きも、儚き記憶の影に消え去った。


 ただ一人、最後の天使が残されていた。


 その名はアリス=ティンバー=チェリーブロッサム──この世の哀しみと希望の象徴。


 かつての天界の光が、今は魔王城の暗い深部に囚われの身となり、幾重にも覆われた闇の中に孤独に閉じ込められている。


 しかし、そんな絶望の中、わずかな光が確かに残っていた。


 黒の勇者カインド=ヴィジター=チェリーブロッサム──彼はアリスの加護を受け、漆黒の孤高の勇者として、この果てなき闇に立ち向かう決意を固めていた。


 彼の手には、二本の剣が握られている。


 それはただの武器にあらず、炎と氷という相反する力を宿し、破壊と静謐の象徴とも言える特異なる魔法を秘めている。


「待っていてください、アリス。僕が必ず、君をこの闇から救い出してみせる」


 カインドの言葉は、静寂の中に響き、彼の瞳には決意の光が宿っていた。


 彼の胸には、暗闇の中で光を灯す一筋の想い──アリスへの救出の誓いが、燃えさかる炎のように彼を奮い立たせている。


 旅路の途中、周囲に響く魔物の咆哮が闇を切り裂いた。


 それはまるで、彼の進行を拒むかのように不気味に響きわたる。


「そこを退いて。僕は行かなきゃならない」


 カインドの声は低く、しかし揺るぎない決意で満ちていた。


 その刹那、影の如く現れた魔物たちが、鋭い血に飢えた瞳を輝かせ、彼に襲いかかろうとする。


 カインドは一瞬、瞼を伏せ、深く息を整えた。


 そして、……二本の剣を、音もなく抜き放つ。


「ソードエンチャント……『пламя』」


 彼の左手の剣が赤く燃え上がり、激しい炎が剣先を纏った。


 炎の光は、暗闇を嘲笑うかのように輝き、凄まじい熱が周囲に放たれる。


「ソードエンチャント……『заморози』」


 彼の右手の剣は、青白い冷気を纏い、凍てつく輝きを放つ。


 その剣先からは冷たき氷の息吹が漂い、あたりの空気さえも凍らせるかのようだった。


「блаженная евфросиния……ッ!」


 その言葉と共に、カインドの左手の剣が炎の猛りを宿し、闇を裂いて魔物たちに襲いかかる。


 刹那、右の剣が閃き、凍てつく冷気が魔物たちを一瞬のうちに包み込み、その身を凍らせる。


 炎と氷の対極的な力が交錯し、カインドの剣技はまるで一つの舞踏のように、美しくも恐ろしい調和を奏でていた。


 闇の中、彼の存在はあまりに孤独で、しかしその剣には一片の迷いもなく、ただアリスを救うという一心で突き動かされていた。


 彼の姿は、果てなき夜に差し込む一筋の光そのもののように輝き、その行く先に希望の芽生えを告げているかの如くだった。


 そして、戦いが終わり静寂が訪れる。


 カインドの足元には、倒れ伏した魔物たちの骸が横たわり、あたりに漂う空気は彼の息遣いと共に冷たき死の静けさに包まれている。


 彼は静かに息を整え、遥かなる魔王城の方向を見据えた。


 その視線の先には、闇の奥で彼を待つアリスの姿が、彼の心に鮮やかに浮かび上がるのだった。

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