第7話 分離術式
「ああ、時間貸しの話か。高効率機関なら好きなだけ持っていけ。並列機関もな。高性能機関は三つ残してくれていればいい」
暴走明けにマーズの執務室に飛んだら書類から目も上げずにそう言った。
「随分と大盤振る舞いだな」
「それだけの活躍だったからな。まったく……不眠は不貞腐れて純白天使はキレてたぞ」
「未熟なのが悪い」
「純白天使は面倒なんだからできれば穏便に済ませてほしいところなんだが」
「跳ね馬亭が範囲外だったからな」
優男は書類から視線を上げる。
「めずらしい。いつもなら宿がどうなろうと気にしないくせに」
「厄介な荷物を抱えていてな。どうしてもそれを守らなければならなかった」
「ほう?」
「被害は殆どなかったんだろう? 貸しにしておいてやる。そしてその貸しで命じる。詮索するな」
マーズは目を見開いて俺を見る。
「なるほど。それほどまで。あの少女には価値が」
《魔術陣メモリへ魔術陣データロード》
ガーランドは優秀だ。
「お、おい」
マーズの狼狽を無視して第三種戦闘準備が進む。
《自動有効化タスク最優先実行に全速攻魔術を設定完了》
「口には気をつけろ、マーズ・ホットウォレット」
しばらく無言で睨み合う。その沈黙を破ったのは優男だった。ため息を吐き出す。
「いつから使う?」
「ASAPってやつだ」
「可及的速やかに、ね。わかった。Aコンソールが空けてある」
一旦宿に戻り、シャーロットを引き連れてマーズの中央塔へ向かう。
警備は俺を見ると軽く頭を下げてきた。手を上げて挨拶を返し、塔に入る。
薄暗い回廊と階段をしばらく歩き、Aコンソールの部屋にシャーロットと共に入る。彼女はキョロキョロと周りを見、不安そうにしている。
コンソール室には小さな机と椅子、そして折りたたまれた簡易椅子がある。
「なに、くすぐったいことはもうしない。それはあのとき全部終わらせたからな」
小さな机の前の椅子に座り、隣に簡易椅子を展開してシャーロットを座らせる。
「ガーランド、分離術式用意。例外部についての組み込みもよろしく」
魔水晶をレンズの上に置くとガーランドが輝く。
《書庫アクセス。分離術式を構成します》
魔水晶をコンソールに乗せる。分離術式が取り込まれる。
多次元多重化された術式のうち、例外的な部分については別途術式を作成し、一般的な分離術式を多少改変した。これで機械的にやれるようになる。
分離したそれぞれの術式と情報を分析し再構築する場合、人間ならば直感でやるが、解析機関には直感というものはない。
解析機関にできるのは積和演算がいいところだ。
ではどうするのか。
大量の線型変換と非線型変換とで置き換えたものがそれを肩代わりする。この手の積和演算には並列機関が特に有効だ。
ガーランドの静的術式解析の結果も並列機関に取り込んでコード解析の手助けとする。
「分離術式に接続」
《接続しました。ストリーム稼働確認。分離術式稼働。情報断片の解析部への投入を確認》
遠くでギアの軋む音と蒸気の吹き出る音がする。
《術式の全取り込み終了しました。あとは静的術式解析待ちですね》
「どれくらいかかりそうだ?」
《ざっと20時間ほどでしょうか》
「除去観察できないのがどうにもな」
《それはお勧めできませんね。間違いなく斬首刑です》
「だろうな。行くぞシャーロット。ここでやれることはもうない」
「は、はい」
シャーロットは戸惑いながらそう答えた。
除去観察というのはICの表面を削り取り内部回路を露出させたあと顕微鏡などで観察しチップの動作を把握する手法です