第6話 暴走
夜中に目が覚める。魔素の濁りが神経を逆なでする。
「なるほどな。レベル8から10で8は楽観視、ねえ。さすがマーズの技術陣」
乱痴気騒ぎには国際標準のスケールがある。レベル1から定義され最大はレベル12。
1~3までが人口100人未満の、4~6では1000人未満のコミュニティで対処した場合の被害を表示したものになる。
7~9が自由都市や領都などの防衛施設がある都市が必要とされるものだ。
それぞれが3段階あるが、軽微な損害、中規模損害、壊滅という評価になる。
10になると国家レベルの対処が必要で、ここからは被害については組み込まれない。11は大陸全体、12は世界全域での対処が必要。
とはいえレベル10は歴史上数例が記録に残るのみ。更に言うなら11や12は定義されているだけで発生した事実はない。おそらくは3段階という美しさのためだけにあるんだろう。
マーズは自由都市である以上、国の庇護はない。8が楽観視ということはかなり深刻な状況である。
「おい、いるんだろ?」
『はぁーい、あなたの女神、リシアちゃんでーす』
なにか後ろ暗いことがあるとき、この腐れ女神は茶化したようなセリフを吐く。おそらく当人は気がついていないんだろうが、なんというか、な。
「今回のこの事態、仕込みやがったな?」
『えー、リシアちゃん難しいことわかんなぁ~い』
「穢すぞコラ」
シャーロットを指差す。
『さっきはああ言ったけど、できるの?』
「必要に迫られればな」
《そもそもマスターは理詰めで不本意なことを飲み込めますよ。じゃなきゃ、私を御せません》
ガーランドがやれやれとでも言いたげに告げる。
「そうだな。たとえそれが魂を軋ませるとしても、だ。それができるから魔術師を自称している」
盛大なため息が聞こえる。腐れ駄女神はやたら人間臭い。そのせいで余計に嫌悪感がある。
『そうよ。あたしの仕込み。巫女の親密度を上げるためにね。なのにあなたちっとも協力しないんだもん』
「怪しすぎてな。タイミングが神懸かりすぎだ」
『だって神様だし』
「うるさいぞ腐れ女神」
ベッドから起き上がる。
「第一種戦闘、限定解除」
《強化開始。防護円環展開。自動有効化タスク最優先実行に全阻害魔術を設定》
『あら、結局手を出してくれるの? それにしても第一種とはものものしいわね』
「嵐の中に手を突っ込むんだ。これでも足りないかもしれん」
それだけ答えるとベルトポーチにシャーロット手製の飴玉を流し込む。
『がんばってね~』
「お前も働け腐れ女神」
『いやよぉ、そんなの。自作自演じゃないの』
宿を出る。純白天使の結界が市街地を覆っているのが見える。だが安宿のあるここいらあたり、通称新市街は範囲外だ。術式を組み立てる時間が足りなかったんだろう。こっちは貧民街、消し飛んでもまあなんとかなる。そういう思想が彼女にはある。
胸糞悪い話だ。
「ガーランド、やれるか?」
《5分ください。過去のパターンから脆弱性を探し出して割り込みます。書庫へのアクセス許可を》
「許可する」
飴玉をかじりながら門へ。門扉は閉じられており、詰所は真っ暗。人の気配はない。
「干渉するぞ」
《おまかせします》
事象に干渉し、門が開いていることにする。すり抜けた後、更に干渉。門を閉じたことにした。
これができるようになったのもこいつと融合したからだ。あまり派手な干渉はいろいろと問題を起こすのでせいぜい2級市民どまりにしてあるが、実際にはほぼ何でもできる。
とはいえその分のエネルギーを要求する。俺の血中グルコースをスターターにしてエンジンがかかればあとは空間の魔素を吸い込んで処理する。
エンジンスタートのグルコース量は干渉する事象の影響範囲に比例するようだ。限界を超えればブラックアウト、で済めばいいが、ね。
《改変完了しました》
この馬鹿げた性能の装置が宣言する。無理な改変が純白天使の純白の術式をまだらに灰色に染めていたが、マーズ全体を覆うようになった。
「あとは落穂拾いってところだ。不眠の能動防壁のクセは把握しているな?」
《イエス、マイマスター》
「いい返事だ」
飴玉を放り込んで噛み砕く。
「世界王、推して参る」