第5話 静的術式解析
術式のマクロパターンからレン系列の機関に独自拡張を突っ込んでいるようだ。レンは空間魔素を利用して動作する軽量機関だが、その構造のシンプルさでこの手の面倒な装置の事実上の標準でもある。
とはいえ独自拡張は様々で結果レン系列とわかってもあまり意味がない事が多い。
せめてもの救いはその構造上最小術式が固定長なため引っ張り出しやすいこと。空間多重された術式を解しながら不明なプリフィクスの命令を飛ばしてデコードしていく。
ガーランドは解した術式の不明命令を周辺の術式から予測していく。
《拡張部分、アルグの並列拡張の更に拡張というか、これは……いうなれば応力拡張でしょうかね?》
「応力? 線型変換関係か?」
《なかなか挑戦的な拡張です。並列拡張は専用レジスターの垂直演算による計算の独立性が性能を引き上げる肝なわけですが、その原則を壊し水平演算を可能にしています》
「核演算に使えそうだな」
《むしろそのための拡張でしょうね。なぜアルグの並列拡張にこれがなかったのか、と》
「撹拌でどうにかできたからな。遅延と処理能力を考えれば十分性能が出る。レンの規模ならな」
逆にマーズの独自拡張並列機関にはそんな細かな手法がない。レジスターの垂直演算というより、大量のレジスターと大量のスレッドによる同時演算と、超高速交換メモリによるスレッド間の協調動作でどうにかするという脳筋仕様だ。
タスクをぶん投げて並列機関をフル回転させて結果だけを戻すならそれでいい。代わりに細かい条件分岐ができない。というより分岐は敵だ。下手な術式はガーランドの術式変換と展開で弾かれる。弾かれたあとは大変に不快な思いをすることになるが、まあこれは余談だ。
「ご主人さま……その……くすぐったいのです」
シャーロットの首をこねくり回しているせいだろうか、細かく震えて伝えてくる。
「耐えろ」
シャーロットは俺の言葉に絶望の表情を浮かべる。
「今止めたら統計解析処理が面倒だ」
飴玉を放り込みガリガリと砕く。もともと色素のないシャーロットの頬は血流に簡単に反応する。要は紅潮している。
《なるほど、これは面倒な》
「プロテクトか?」
《はい。試行錯誤手法を更に一歩進めたもののようです。術式の実行タイミングから推測すると驚異的な演算能力ですね。レン系列でありながら、もはや別物です。まるで……》
そこでガーランドは言い淀む。
「まるで?」
《いえ。小さな私のようだ、と》
ガーランドはためらいながらも答えた。
「ほう。それは興味深い。性能が出るのか?」
《どうでしょう? 静的術式解析ではコアの活動はないので見えませんが、規模からするとそれ程大きなコアでもないですし、展開後の効率を考えた拡張なのかもしれません》
首輪の物理干渉をいなし、更に情報を引き出したが、ガーランドからリジェクトされた。
《そろそろ静的術式解析を止めましょう》
「なんでだ?」
《シャーロット嬢が限界です》
シャーロットに意識を向けると、彼女は赤い顔をして震えながら唇を噛み締めていた。
シャーロットは荒い息でくてん、とベッドに倒れ込んでいる。
『まったく、悪い人ね』
腐れ女神がクスクスと笑いながら語りかけてくる。
《それは否定できませんね》
無言で飴玉を噛み砕く。
『とはいえ、彼女は巫女だから、それ以上はダメよ』
女神の声に首を振って答えておく。
「そもそも、な。俺にそういうことは向かないだろうさ。こいつのせいでな」
左手の甲を撫でるとレンズが激しく点滅した。
「融合した結果、俺は俺でありながら俺ではないもの、になった。人間であることすら疑問だ」
『そんなに悲観しなくてもいいのに』
「当事者に言われてもな」
自分のベッドに転がる。
『あら、もう寝るの?』
「明日はお祭り騒ぎだ。頭をすくめてやり過ごす」
『そ。じゃ、またね』
天井を睨みつけているとなにかの気配が消えた。
《相変わらずですね》
「人ごとかよ」
《私の神ではないですから》
ため息で答え、目を閉じた。