第4話 束の間の平穏
翌朝、シャーロットはまだ寝ていた。よほど疲れていたのだろう。
彼女をそのままに市場に出た。
「相変わらず盛況だな、ここは」
《マーズ・ホットウォレットの街ですからね》
てくてくと歩いていると馴染みの露店があった。
「お、旦那。久しぶりだね。いつものやつかい?」
「ああ、1キロくれ」
「まいど!」
店主は壺を一つこちらに渡してくる。金貨を三枚渡す。蓋を取って中を確認する。
「相変わらず、いい仕事をするな」
「欲を言うなら、もうちっとマメに来てほしいところですがね。在庫しとくの面倒なんでさあ」
「善処しよう」
壺を抱え手を振り店を離れる。
宿に戻ると薄暗い部屋でぼーっとベッドに座るシャーロットがいた。
「おはよう、シャーロット」
「おはようございます」
シャーロットは朝はエンジンがかからないタイプのようだ。とはいえ刻み込まれた礼儀と言う名の矯正システムによりぼーっとしながらも挨拶を返してきた。
机の上に借りてきた魔導コンロを置く。砂糖を量り、水に溶かす。
コンロに鍋をかけ、砂糖水を煮詰める。
「なにを、なさっているのですか?」
「口を開けろ」
シャーロットは命令に従い口を開いた。そこに残り少なくなった飴を放り込む。
「んぐ⁉」
シャーロットの閉じた口からかろかろと音がする。
「飴……?」
「ああ、そうだ」
砂糖水を弱火で煮詰めていく。
焦げないようにゆっくりと傾けて鍋の中で砂糖水を転がしていくと徐々に色づく。
淡い黄色くらいで火を止めて鍋をさらにゆっくりと回し、余熱で更に火を入れる。
きれいな琥珀色になったところで小さな容器に垂らして小分けにする。
「やってみるか?」
「……え?」
「簡単だ。焦がさないように丁寧にゆっくりと鍋を傾けるだけ。黄色くなったら火を止めてもう少し鍋を傾ける。最後は小分けにして終わり、だ」
シャーロットはゆっくりと机に近寄り、鍋の前に立つ。不安そうに見上げてきたので、ため息を一つついて、すぐ脇に立つ。
鍋を持つシャーロットの右手に左手を重ねて、鍋の扱いを手伝う。
「あ、すごい、きれい」
シャーロットは鍋から小分けされた飴の色をみて微笑む。
「砂糖の塊だと甘いだけだが、ここまで火を入れるとほんのりとした苦みが出るし、固まるようになる」
シャーロットは真剣な表情で小分けにしていく。
「数日ここに滞在する。その後、お前は自由になる」
「……え?」
不安げな表情で俺を見上げる。
「コレを外す。そのための算段をつけてきた」
シャーロットの首輪を右手でつつく。多重に施されているプロテクトが俺の右手に干渉してくる。物理領域まで展開する保護システムをこのサイズに畳み込む技術は驚嘆に値する。
不眠や純白天使と同等以上。だがこの術式パターンは見たことがない。このレベルにありながら今まで表舞台に立ったことのない技術者。
技術者として腕を上げるにはバカみたいに術式を書き散らす必要がある。小規模な解析機関なら個人で所有するケースもあるが、複雑な術式を実行できない。
結果ある程度のところで成長が止まる。その壁をブチ破るには時間貸しの大規模な解析機関を血反吐を吐きながら金を稼いで借りるしかない。
俺みたいな例外もあるが……こいつクラスの装置が世の中にどれだけあるか。
「あの……ご主人さま?」
考え込んでいたら不安になったのかシャーロットが呼びかけてきた。
「なんだ?」
「その、どうして私に良くしてくださるのですか?」
「言っただろう。俺はたまたま二級市民になれたが、お前と同じだった、と」
リシアの巫女の話はまだできない。あのアバズレ女神は祟り神だ。
『あらひどいわね。あなたが魔術師として働けるのはあたしのおかげだってのに』
飴玉を口に放り込み、ガリガリと噛み砕く。骨に伝わる破砕音でリシアの声を上書きする。
『ま、いいわ。その首輪、早く外してね』
目を細めて首輪のパターンを見る。
「シャーロット、ベッドに座れ」
シャーロットは戸惑いながらも俺に指示に従った。
「ガーランド、静的術式解析。デコードは俺がやる」
《イエス、マスター。解析開始。グルコースの適宜補給を要請します》