賞金稼ぎウィリアム
「なあ、マスター。この女を見なかったか」
|DEAD OR ALIVE《生死は問わない》。そう書かれた手配書を見せながら、長髪の男はマスターに問いかける。
ここは、いなか街の小さな酒場。丸太小屋を少し大きくしたような感じの、質素な店だった。
「魔女で、しかも〝億越え〟か……。あいにく、こんなべっぴんさんはここいらにはいねぇよ。カラダもエロいし、いっそ来てほしいもんだがな」
酒場のマスターは、ため息混じりにそう返してきた。
手配書の写真に写る女は、確かに美しかった。桃色の髪と紫のドレスが特徴の、妖艶で豊満な女。
彼女は懸賞金1億5000万の超大物。〝退廃の魔女〟アスタロトだ。
「ふん、そんなこと言ってたら知らねぇぞ。この女の恐ろしさを、あんたは知らねぇのさ」
吐き捨てるようにそう呟く長髪の男。彼の目に一瞬だけ宿った強い憎しみの色を、マスターは見逃さなかった。
「……なるほどねぇ。まあ、なんでお前さんがそいつを探してるのかは、聞かないよ。とにかく、酒でも頼んでくれ」
「……ミルクは置いてないか?」
「おう、あるぞ。キンキンに冷えたのがな。酔っぱらいどもに笑われたいなら、持ってきてやる」
「それなら頼むよ」と、長髪の男は笑っていた。
マスターが、ジョッキに入った白い液体を持ってくると、長髪の男は豪快に飲み干す。
それから、この街のことが知りたいと言って、雑談を持ちかけてきた。なんでも、路銀を稼ぐために、当分は滞在するつもりのようだ。
「しっかし、あんたは悪い人間ではなさそうだが……。仮に悪党だとしたら、随分と小物臭い格好だな」
雑談の流れの中。マスターは冗談めかして感じで、長髪の男をなじる。
金属のようにテカテカした、黒い革のズボン。 ベルトを飾る、悪趣味なドクロのバックル。
ほぼ裸の上半身には、丈の短いジャケットだけを羽織っている。
まるで、コミックの三下悪役のような風貌だ。整った顔立ちと、乙女のような美しい金髪を除けばだが。
そんな彼の名はウィリアム。さすらいの根無し草。旅をする賞金稼ぎだ。
「言ってくれるじゃねぇか、マスター」
「下戸の子悪党なんて、悪党の界隈じゃ人権がねぇからなぁ。アンタ、善人で良かったよ」
「ふん、どうだかな……。今ここで、アンタの頭に風穴を空けちまうかもしれないぜ?」
ウィリアムは言いながら、魔砲銃を取り出す。形状は拳銃型。
引き金1つで、魔力の弾丸を撃てる便利な品物。旧文明の遺産を再現した、魔道具の一種だ。
「……それはオモチャじゃねぇぞ、若造」
「ヘッ、冗談じゃねぇかよ……。そう怒るなって」
ヘラヘラと笑いながら、ウィリアムは愛銃をホルスターにしまおうとする。
ちょうどその時だった、彼の後頭部を、鈍い衝撃が襲ったのは。
「父さんに、何する気だッ!」
激昂した少女が、ウィリアムの頭を思いっきり殴り付けた。
凶器として使われた酒ビンが、衝撃で砕け散る。
ガラスの割れる大きな音を立てながら、周囲に琥珀色の液体を撒き散した
「バカッ! やりすぎだ! こいつだって本気じゃあないんだぞ……!」
「えっ……?」
美少女は驚いた様子で固まっている。しばらくの沈黙のあと、先に口を開いたのはウィリアムだった。
「……すまなかったな。邪魔したよ」
ウィリアムは、ボソボソと小さな声でそう言ってから、気まずそうに立ち去っていった。
背中を小さく丸めて、トボトボ歩くその姿は、とても悪人のそれではないな。
マスターと少女は、そう思った。