第8節 魔雲酔い
30分ほど動く的を相手に銃撃、斬撃の訓練をしたであろうか。
新たに魔雲を装填しようとしたその時だった。
ぐにゃぁ…。
視界が急に歪んだ。
「ぐっ…!?こ、れは…!!」
「む…!?魔雲酔い…ですな…やはり無理をしすぎたようですな…」
立っていられない程の眩暈に襲われ、膝をついてしまった。
(なるほど、これが魔雲酔いか…酒に酔った時のような…そんな…感じだな…。
だが…このくらいなら…!!)
なんとか体勢を立て直そうと立ち上がろうとしてみる。
しかし、眩暈がかなり酷い。
その上、多少吐き気もしてきた。
頭もボーッとする。
(くっ…!!思ったより…辛い、か…?)
立ち上がれない俺にクレイディアスが近付いてきた。
「ふむ…」
俺の額に手を当てるクレイディアス。
その顔は驚いているような表情だ。
「なんと…これ程魔雲を使ったにも関わらず…この程度の症状とは…これくらいであればコンポーションで良くなるでしょうな。
リリア、持ってきてもらえるか」
すぐにあの飛ぶ猫が一つの瓶を持ってきた。
中は緑色の液体が入っているようだ。
「これを飲んでください。魔雲酔いがすぐ治る、というわけではないですが、気分は良くなると思います」
瓶を受け取り、蓋を開けてみる。
何とも言えない匂いだ。
雑草のような匂い…というか…青臭い、というか…。
とにかく飲むのが躊躇われる匂い。
だが我儘を言っていられる状態ではない。
俺はそれを一気に飲み干した。
「うぐ…まずい…」
「まぁ…簡単に慣れる味では…無いかもしれませんな」
匂い、味は最悪だが、効果は高いようで、眩暈が途端に治まっていく。
味のせいで吐き気はまだ治まりそうに無いが…。
「ふむ、コンポーションの効果が現れるのも早いですな…こんな人間は…今までいません…」
「ワシよりも魔雲の耐性が高いと見える。これならば…英雄になれるじゃろうて…」
英雄…か。
そんな称号にも興味は無い。
全てが終わったら俺は元の世界に帰るのだ。
仮に雲斎がどこかからこの世界に呼ばれ、俺と同じ道を辿って英雄となり、この世界に居続けている存在だとしたら、俺もそうなる可能性が無いわけではない。
俺はこの世界に残るつもりは無い。
「さすがに訓練を続けようとは思わないですね?」
「チッ…まぁ…こんな気分じゃな…だが…良くなったらまた訓練させてもらうぞ…」
呆れた表情をするクレイディアス。
その横にいた雲斎は逆にうっすらと笑みを浮かべている。
「もう訓練の必要は無いじゃろう。そなたの力なら進んでも良いじゃろうな」
「なっ…!?い、いや、さすがに早すぎるのでは…?」
「ワシが教えられるようなことはもう無いのでな。後は自分の力で何とかなるじゃろう」
意外だった。
慎重に事を運びたいであろうクレイディアスとは考えが雲斎は逆なようだ。
俺が早く元の世界に帰りたい気持ちを汲んでくれているのであろうか。
「…その…感謝する、雲斎」
「励むがよい。そして…何があっても挫けるでないぞ」
そう言うと雲斎は消えていった。
納得がいかないようなクレイディアスであったが、大きな溜め息をついてリリアに何かを伝えていた。
「夕食に…しましょう」
夕食…。
そういえばこの世界に来る直前までも、まともに食事は取っていなかった。
空腹なんてすっかり忘れていたのだ。
これも魔雲のお陰、なのだろうか。
随分万能だな、魔雲は…。
まぁ酔うのは二度と御免だが…。