第16節 黒髪の者
急いで走ってきた先は別の出店が立ち並ぶ道だった。
息を整え、両脇に抱えていたリリア、リリクを降ろす。
「何なんだあいつは…。
同じ日本人かもしれないが言っている意味がわからない言葉がいくつかあったぞ…。
本当に同じ世界から来たのかあいつは…」
「確かにあなたとは喋り方が全然違う感じだったわね。
でも…黒い髪だからこの世界の人間じゃないのは確かよ」
「先程二人が話している最中に少し調べてみましたが…確かに同じ世界から来たみたいですよ、あの人」
「何…?
リリク、お前はどの世界から来たのか調べることができるのか?」
「あくまで大雑把に、ですけどね」
リリクが言うには異世界から来た人間には、元いた世界の気のようなものがうっすらと漂っており、それを色や雰囲気で見分けることができるのだという。
佐藤 由紀彦は確かに俺と同じ色の気、同じような雰囲気を感じたというのだ。
もっとも目安のような物なため、情報が確定している、というわけでもないらしいが。
「まぁ…自分でも日本人だと言っていたからな…」
「それにしても…やかましいやつだったわね」
「龍二様とは大違いでしたね…」
ゆっくりと話をしていたが、ここで空腹感を感じた。
走っていたし夕方になってきたのもあるからだ。
「とりあえず…出店で何か買いますか?」
「そうするか…」
歩きながら出店を見て回る。
先程の話をしてから出店の人間や道行く人々の頭を無意識に見るようになっていた。
黒髪の場合は絶対にこの世界の人間では無い。
日本人の可能性すらある。
その情報が色濃く強く俺の思考をプッシュし、ついつい髪を見てしまう。
結構な人数がいるこの道でも、黒髪の人間がいれば嫌でも目立ってしまう。
決して多いわけではないが、黒髪の人間がチラホラと見受けられた。
黒髪の店主が出している出店の前に立つ。
売られていたのは刺身。
隣にはその刺身になったであろう魚が置かれている。
パッと見た感じでは鯛に似ているが、色がうっすら緑色に輝く魚だった。
「へいらっしゃい!新鮮なグリクラの刺身はどうだい!
って…おや…?
あんた…異世界から来た人だね?」
「あぁ、そうだ」
「まぁ黒い髪だからなーまぁ俺もなんだけどな、わっはっは!」
何となく漁師を思わせる感じの人だ。
佐藤 由紀彦と比べると随分話しやすいように感じる。
「あんたも…日本人なのか」
「あぁそうだ。戦うなんて柄じゃねぇから元々やってた漁師をこっちでもやってる」
この世界のどこに海があるんだ…?と思ったが…。
その刺身に妙な懐かしさを覚えた俺は刺身を買うことにした。
「ほい、ありがとよ!
それにしても…あんたは最近召喚されてきたのかい?」
「なぜ…そう思える?」
「この辺りで黒髪の人は全員知ってる顔だからなぁ…あんたは見たことが無いからよ」
「みんなこの近くに住んでいるのか?」
「あぁそうだぜ。
なんせあちこちに行けるわけじゃ…」
「龍二様、他のお店の物も見に行きませんか!?」
店主の言葉を半ば遮るようにリリクが叫ぶ。
「何だ急に…俺は店主ともっと話がしたいんだがな」
「僕お腹が空いちゃって空いちゃってもう倒れそうですよぉ」
何となく様子がおかしいと感じるのは気のせいだろうか。
それを察したのか、店主が奥から何かを袋に入れて持ってきた。
「これ、持っていってくんな!」
「これは?」
「まぁ飯を食う時に開けてみな!
あ、あんたのは特別だから名札も付けといたからよ!」
名札…。
名前を教えたわけでもないのに…。
リリクがやたら急かすため、その店を離れることにする。
「ちょっとリリク、待ちなさいよー」
リリアがリリクを追いかける。
それに追従するように走り出そうとした俺。
「弁当、忘れず食ってくれよ?」
後ろから俺だけに聞こえるような声で店主が言う。
振り向くとニヤッと笑みを浮かべて店主が手を振っていた。