第14節 思い出される謝意
ありがとう。
この言葉を言ったのはいつぶりだろうか。
元の世界で軍にいた時ですら気持ちを込めて言ったことはない。
それほどまでに久し振りに出た言葉だった。
当然と言えば当然なのだが、リリア、リリクは驚いていた。
それも当然だろう。
この十数日間、一度足りとも言ったことが無かったのだから。
自分でもこの十数日間で自分の気持ちと態度に変化が現れたことに驚いているというのに、リリアとリリクはずっとぶっきらぼうな、つっけんどんな態度をとられていたのだ。
何か悪いものを食べてしまったのではないか、何か洗脳めいた術でもかけられたのではないか、そのように思われても仕方がないだろう。
恐らく、リリアとリリクからそれを言われたら、ありがとうなんて言うんじゃなかったと後悔しそうだ。
「どういたしまして」
意外だった。
冗談でも悪態をついてくると思っていたのに。
特にリリアは旅立つ前と旅立った後では俺に対する口調と態度が変わっていたため、何を今更お礼なんて言うの?なんて言われると思っていたし。
ふと安堵の息を吐き、口元が緩んだ自分に気が付く。
あぁ、こうして心から表情が緩んだのも久し振りだな。
やはりこの世界の空気が、景色が俺を変えてくれたのだろうか。
「そこの草影にグイスです!」
瞬時に気を引き締め、銃を構える。
狼型のグイスが三体。
どうするかリリアの方を見ると、術を使ったからかリリアが疲れているのがわかった。
「流石に休んでいろ。俺が片付ける」
この十数日、いくつか戦闘をしてきたが、銃で魔雲を撃つよりは銃剣に魔雲を纏わせた方が魔雲の消費が少ないことがわかっていた。
なるべく最小限の魔雲で倒せるよう、纏わせる魔雲も控えめにし、グイスの動きについていけるだけの魔雲を体に込め、グイスに突撃する。
油断していたのかは知らないが、狼型のグイスを瞬時に二体切り払うことができた。
しかしもう一体がいつの間にかいなくなっていた。
「上です!」
残っていた一体のグイスは俺が切りかかると同時に上空に跳躍していたようだ。
リリクの言葉を聞き、その場から後方に跳んでグイスの急襲を躱す。
と同時にグイスに向かって飛び込む。
ザグゥッ!!
鋭い刺突音。
そこから体を切り払う。
グイスは消滅した。
「ふう…」
安堵の息を吐く。
リリクの言葉が無ければあの急襲を受けてしまっていたのだろうか。
油断していたわけではなかったが、流石に上からの攻撃を咄嗟に避けられたのはリリクのお陰だろう。
「上から来ていることをよく教えてくれたな…助かった」
「いえ…お役に立てて良かったです!」
「魔雲…そんなに消費してないみたいね、良かった」
「あぁ、この戦い方の方が魔雲をあまり消費しないと教えてくれたからな」
そう、この戦い方を教えてくれたのはリリアだ。
魔雲で術を放ちながら俺の戦いをずっと観察していたらしく、二度目にパイクの町に着いた時に教えてくれたのだ。
「これなら前ほど私が魔雲を使わなくても大丈夫かも」
「ならば俺も戦って大丈夫だな?」
「ええ…そうね…無理さえしなければ」
「善処しよう」
いつの間にか前よりも話をするようになっていた。
気持ちの変わりように自分自身驚きは隠せないが…悪い気はしないのだった。