第一部 8話 定期健診
今日は定期健診の日だった。
俺は白桐大学の研究室を訪ねていた。
「……おい、奏。あまり勝手に触るな」
「え!? さ……触ってないよ」
俺が注意すると、奏は後ろに手を回す。さらに首を大きく左右に振った。
しかし、テーブルの隅に置かれていた人形の位置は明らかに変わっている。
「ははは、別に良いよー。良かったら持っていくかい?
学生のおみやげでね。私はこういう物には無頓着だから」
中性的な声が聞こえてくる。
目を向ければ、小柄な女性が部屋に入ってくるところだった。
明らかにサイズの大きな服を着ている。
今は短髪を白めの銀色に染めていた。気分でコロコロと変えるのだ。
明らかに日本人の平均よりも低い身長もあり、酷く幼く思える。
見た目はせいぜい女子高生……下手すれば中学生にすら見えるだろう。
しかし、立派な成人女性だ。
その証拠に、彼女は口にタバコを咥えている。
それどころか右手には灰皿、左手にはコーヒー。
器用に持ちながら、口を歪めて「よっとっと」なんて言いながら、足で自分が入って来た扉を閉じる。その様子は小さなおっさんにしか見えない。
いや、俺は中身もおっさんだと知っている。
頼りなくふらふらと、彼女はテーブルを挟んで、俺の向かい側に座った。
「いいの!? やったー!」
「……ダメに決まってるだろ。真に受けるな」
今は来客用の部屋に通されていた。何度も来た場所だ。
俺が持つ異能力の第一人者と呼ばれるこの人の定期健診を受けている。
流石にこの部屋は綺麗なもので、大きなテーブルと革張りの椅子がある。
だが、俺はこの人のだらしなさをよく知っていた。
「先生も甘やかさないでくださいよ」
俺はキッと、目の前の相手を睨みつけた。
ついでに楽しそうに遊んでいた奏もちらりと見て、牽制する。
奏は斜め上を見ながら、下手くそな口笛を吹こうとして吹けていなかった。
「はは、ごめんごめん。悪かったよ。統哉君が言うなら駄目だね。
いやー、いつも来てもらって悪いねぇ」
そう言って、彼女は咥えていたタバコを手慣れた様子で灰皿に置く。
さらに『すぱー』と聞こえそうな仕草で煙を吹いた。
……この姿を見る度、女子中学生がタバコを吸ってるように感じるんだよな。
まったく心臓に悪い。見た目は奏と同年代なんだから。
俺の視線に気づいて、へにゃっとした笑みを浮かべる。
だが、俺は知っている。この笑みは表面上だけだ。
この人が本当に笑うと、背筋が冷える。
それくらい――見る人を圧倒する獰猛な笑みだ。
「じゃあ、始めようか。まずはいつもの問診からだよ」
祭司教授はコーヒーを熱そうに啜った。
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