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第一部 7話 電話番号とお母さんと忘れ物

「良い? 目的地の白桐大学はここから北の方角にある。

 正確に言うなら……北北東ってところかしらね?」

 

 雨宮さんがスマホを指で示した。

 地図アプリには現在地と目的地が分かりやすく表示されている。

 

 ……なるほど。

 実際に地図上で見てみれば、雨宮さんの言う通りだと分かる。

 

 ここから山を抜ければ、ほとんど最短距離だった。

 加えて、下手に迂回するよりも見つかりにくいだろう。

 

「場所は分かったけど、どうやって中に入れば良い?」

 

「小規模な私立大学だから、警備は厳重じゃない。

 敷地内に入るだけなら素通りでしょうね」

 

 雨宮さんは自信ありげに小さく笑った。

 おそらく、実際に行ったことがあるのだろう。

 

 そういうものか。

 考えてみれば、構内に入るのは先生や生徒だけではない。

 

「……中に入れば、その祭先生? と話す機会もあるってことだな」


「そうね。多分いつも通り研究室にいると思う。

 研究室のセキュリティも形だけだったから、入ってしまえば会えるでしょ」


 どうやら研究室に入ったこともあるらしい。

 やはり雨宮さんは自信満々だった。


「なぁ、言いづらいんだけどさ……」

「ん? どうしたの?」


 俺が小さく口を挟むと、雨宮さんは首を傾げて見せた。

 少しだけ笑っているから、きっと気づいてる。


「……どうやって大学から逃げるんだ?」


 俺の言葉に雨宮さんは、にやりと笑いの質を変えた。

 やっぱり気づいてるじゃないか。


「うん、困ったね」

「研究室で通報されたら終わりじゃねーか……」


 橋の下から上を見上げる。

 今は橋で見えないが、曇り空が広がっているはずだった。


 対する雨宮さんは「あはは」なんて笑って見せる。

 そうして、短く沈黙した。


「……どうする? やめる?」


 いや、その沈黙は長かったのかもしれない。

 橋を見上げたままの俺に訊いた。

 

「…………」


 きっと、手掛かりは他にない。

 答えは決まっていた。


「行くしかないだろうな……」


 溜息と一緒に、俺は小さく呟いた。

 ここで「行かない」と答えるなら、今すぐに警察へと行くべきだ。


「そっか。じゃあ、逃げる手伝いはしてあげるよ」

「? 逃げられるのか?」


 雨宮さんの言葉に、俺は思わず聞き返した。

 すると雨宮さんは困ったように「手伝うだけだってば」と言った。


 それから少しの間だけスマホを触った。

 俺に地図アプリの一点を指で示す。


「大学からここまで来て。

 そうすれば、逃げ道を作っておいてあげる」


 俺はその場所をじっと見つめる。

 絶対に忘れないようにしないと。


 だけど……。


「……遠くないか?」

「文句を言わない」


 雨宮さんがぴしゃりと言った。

 しかし、すぐに思い出したように手を打つ。


「そうだ。連絡先を交換しても良い?」

「悪いけど無理だな」


 俺が返事をすると、雨宮さんは驚いた様子でこちらを向いた。

 断られるとは思っていなかったらしい。


 あ……やばい。

 これじゃ、俺が連絡先を知られたくないみたいだ。


 雨宮さんは信じられないと言わんばかりに俺を見ている。

 当然だ。ここまで世話になりっぱなしなんだから。


「違う違う! 今はスマホを持ってないんだよ!」

「あ、そういうことね。え? じゃあ、今は手ぶらってこと?」

「手ぶらって……財布だけは持ってるよ」

「……それは手ぶらじゃないの?」


 やれやれと、雨宮さんは呆れたような声を出す。

 お金で物を買えば手ぶらじゃなくなるから、手ぶらじゃないと思う。


 だけど、絶対に屁理屈だと言われるので黙っていることにした。

 すでに力関係は決定してしまったらしい。


「うん、これでいっか」

「……?」


 いつの間にかコンビニのレジ袋から、雨宮さんはレシートを取り出していた。

 さらに制服から赤いペンも取り出して、数字を書き込む。


「じゃあ、私の電話番号を教えておくね。

 何かあったら、この番号に掛けて」


「だから、スマホがないんだって」


「公衆電話でも使えば良いでしょ。

 災害時のために残してるって話もあるし、そもそも都会じゃないんだから」


「……なるほど」


 言われてみれば、通学路でも公衆電話を見かけた気がする。

 財布があれば連絡を取ることくらいは出来るだろう。




 こっそりと橋の外を窺う。

 異変は感じられなかった。


 相変わらずの曇り空。

 人目を避けるにはちょうど良いかもしれない。


「じゃあ、気を付けてね」


 雨宮さんは気軽に橋の下から手を振った。

 まるで小学生を見送るお母さんだ。


「…………」


 反応に困る。

 手を振り返すのも違うと思う。


「どうして、ここまでしてくれるんだ?」


 代わりに気になっていたことを訊いた。

 雨宮さんは不思議そうに首を傾げてから、納得したように笑う。


「そりゃそうか。流石にやりすぎだよね。

 奈乃香には恩があるのよ。お礼なら、奈乃香に言ってあげて」


「っ……分かった。それじゃ――」


 奈乃香の名前が出た瞬間、俺は息苦しさを感じて背中を向けようとした。

 しかし、視界の隅に見覚えのあるものを見つけて、動きを止めた。


 それは奈乃香を殺した『赤と青の小刀』だった。

 落ちていたのは、ちょうど俺が倒れ込んだ辺り。


「? どうしたの?」

「――忘れ物があった」


 歩み寄って『赤と青の小刀』を制服のポケットに入れる。

 貴重な犯人の手がかりだ。どうして忘れていたのか。


 不思議そうな雨宮さんを尻目に、今度こそ俺は橋の下から外に出た。

 ……良く分からない違和感を感じながら。


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