第一部 19話 初対面
「はぁ……はぁ……はぁ……」
足は止めずに全力で走り抜ける。
どれだけ逃げ回ったかも分からない。
この辺りの道は細く、暗かった。
民家の明かり一つ見当たらず、月が出ていなければ進めなかったと思う。
それらは逃げる俺にとっては好都合だった。
姿を隠しやすいし、これならパトカーも徐行しなければ入れない。
ただ、たまにゴミが落ちているのは困る。
何度か足を取られて声が出そうになった。
まだか? まだ着かないのか? もう少しのはず。
体力が尽きたら終わりだ。きっと、警察の狙いはそれなんだ。
今も遠くで警官の声が聞こえている。
俺を探しながら、ゆっくりと包囲網を狭めているらしい。
分かれ道に来るたび、周囲を見回しているが、今のところ警官の姿は見ていない。かなり引き離したはず。
一瞬、安堵した時――
「……奏」
酷く冷静な声だった。
――俺は右側から大きな衝撃を受けて、吹き飛ばされた。
「ぐ――!? ……え?」
塀に肩を強打して、思わず声が漏れる。
しかし、その後に続いた現象で呆けたような声になってしまった。
俺の左腕が後ろへと締め上げられたのだ。ちらりと見るが、当然何もない。
民家の塀に張り付けられたまま、俺は身動きが取れなくなってしまった。
「朝霞春だな?」
「!?」
声の方向に顔を向ける。
薄い月明かりの中、男子学生が立っていた。場違いな学ランを着ている。
真っ黒な髪を短く整えて、口は真一文字に結んだまま。何よりも特徴的な吊り目は鋭い眼光を放ちながら……冷静に俺を観察していた。俺と性格が合わなそうだ。
「……これはお前の能力か?」
少しだけ考えた後、俺はこうして訊き返した。
仮に「人違いです」と答えても、見逃してくれるとは思えない。
「そうだな。その認識で合ってるよ。
あえて言うなら、サイコキネシスとサイコメトリーの組み合わせになるかな」
予想外にも返答があった。
そうか、祭教授の前で一回転したのもコイツの能力だったのか。
「そろそろ離してくれないか?」
「殺人犯を逃がすわけにもいかないだろ。そっちこそ諦めたらどうだ?
網は張ったが、ここまでしぶといとは思わなかった。逃げるのが得意なんだな」
男子生徒は俺に近づいてくる。
やがて、俺から五メートルくらい離れた位置で立ち止まった。
「……ところで、俺の顔に見覚えはないか?」
「?」
言われるがまま、じっくりと見る。
しかし全く見覚えがなかった。
「会ったことがあるのか? 初対面だと思うんだが……」
「本当か? ああ、この制服は気にするな。偽物だよ。顔だ、俺の顔を見ろ」
何を言ってる? どう考えても初対面だ。俺の反応を見ているのか?
いや、それよりもこの状況をどうにかしないと……。
「痛っ! 知らないって! 見覚えはないよ!」
「…………」
しばらくの間、俺が答えないでいると腕が強く締め上げられた。
男子生徒は黙って俺を眺めている……なるほど。
――本当に見えないらしい。
「拘束する。ひとまずは警察に突き出すぞ」
「俺じゃない! 俺は犯人じゃないんだ! 俺は……!」
男子生徒は切り捨てるように言い放つと、俺の主張に対して冷たく睨みつけた。
俺は怯んだ素振りをして体から力を抜いた。そして、待つ。
かなり大きな声を出したはずだ。聞こえていないはずがない。
必ず来る。『警察に突き出す』ってことは、お前は関係者じゃないんだろ。
「おい! 何をしている!?」
「ふ――!」
警官の持つライトが俺たちを照らす。
俺はその瞬間、ずっと右手に持っていた小刀を鞘ごと男子生徒へと投げた。
――これでも無理なら仕方ないな。
男子生徒は懐から何かを取り出そうとしていたが、警官の方へと一度振り返ろうとして、俺の動きに気が付いたようだった。慌てて俺に視線を戻す。
「駄目だ、離すな!」
「?」
しかし、俺の腕は解放された。
迷わずに走り出す。ひとまず一番近くの脇道へ。
その言い草を不思議に思いながら、俺は脇道へと跳ぶ。
……カン、と何かが弾かれた音を聞いた気がした。
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