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第一部 18話 朝霞春という陸上部員

「あかりさん、状況はどうなりました?」

「だからぁ! 突然電話しないでよぉ!?」


 俺はスマホを片手に朝霞の逃走経路を追いかけていた。

 まずは北門から北へと直進したらしい。


「……良いじゃないですか。俺は情報提供者ですよ。通報助かったでしょう?」

「…………」


 一瞬だけ音声が途切れる。恐らくミュートになっただけだ。

 今頃、怒りで地団太でも踏んでいるに違いない。


「……分かった」

「ありがとうございます」


 ミュートから戻ると、あかりさんは今の状態を説明してくれた。

 どうやらこの先で右に逸れて未開発地域に入ったらしい。


 未開発地域とは言うが、実際は時代遅れの古民家の集まりだ。

 そもそもほとんどは空き家。要は取り壊し予定の地域と言って良い。


 その中を往生際悪くちょこまかと逃げているとのこと。

 予想以上にしぶといが……どうも妙だ。


「こいつ、どこに向かってるんだ?

 闇雲に逃げてる……にしては不自然な気がします」


「そうなのよ。正直、警察も北に来るとは思ってなかった。

 だって、向かう先は海よ? 自分から追い込まれているようなものだわ」


 半島とまでは言わないが、北部は海に突き出すような地形をしている。

 そこで海へと向かえば追い込まれるのは当然だ。


 俺が頷くと、あかりさんは「ま、山を抜けられた言い訳にはならないけど」なんて呟いた。こんなこと(情報漏洩)をしているが、性根は酷く真面目なのだ。


「……船は?」

「当然、出せないようにしてるわよ。そもそも、この地域に船はないわ」


 そうか。ほとんど人が住んでいないのだ。

 船がある必要もない。まさか泳いで逃げるつもりでもないだろうが……。


「それに船で逃げようなんて許すはずないでしょ。

 しっかり海上まで張ってるわよ」


 そりゃそうだ。警察だって馬鹿じゃない。海があれば警戒するに決まってる。

 ……今は判断材料が足りない。


 しかし、随分としぶといな。

 確か陸上部だったか。


「……そんなに足が速いんですか?」

 話題を変える意味も込めて、俺は訊いた。


「んー、中距離も長距離も走っていたらしいけど、平均タイムはそこまでじゃないみたい。ただ、ムラが激しいって言えば良いのかな?」

 

「?」


 だが、あかりさんの回答は歯切れが悪かった。

 結構はっきりとモノを言う人なのだが。


「朝霞の顧問にも聞いたんだけどさ、タイムがバラバラなんだよ」

「バラバラって……調子の良し悪しは誰にでもあると思いますが……」


 あかりさんの言葉に首を傾げる。浮き沈みは誰にでもあるだろう。

 しかし、あかりさんは俺の言葉を遮って、言う。


「そんなもんじゃない。自己ベストは『天才かよっ!』って言うくらい速い。

 でもワーストは『まぐれだったじゃねーかっ!』って言うくらいに遅いの」


 その言葉に思わず目を丸くした。

 この人がここまで言うってことはよっぽどだろう。


「なんだそれ? そんなことあるんですか?」

「実際に記録も見たんだからね」

「……本当に見たんですか?」

「おい、元はと言えばアンタが見ろって言ったんだぞ?」

「ははは、冗談……冗談ですよ」


 あかりさんの声音が変わったのを感じて、取り繕う。

 本気で怒らせるのは悪手にも程がある。


 あかりさんは不満そうに唸ったが、それでも律儀にベストとワーストを教えてくれた。全国平均は知らないがあまりにも差があることは理解できた。

 

「お兄ちゃん! あったよ!」

 

 奏が指をさす。その先には浄水場があった。

 やはりこの辺りは急開発中で、昔に比べて色々と変わっているようだった。

 

 その中でも特に大きな変化がこの浄水場だろう。都市開発の一環らしい。

 すぐ近くに大学もあるから研究目的もあるかも知れない。

 

 俺は浄水場の正面にある小道に入っていった。

 朝霞はここで急に方向転換したらしい。

 

 人員が不足しているようで、奏を使って人目を避ければ警察に咎められずに進むことは難しくなかった。普通は野次馬もここまで追ってこない。

 

「あ、でも妙なことがあったな」

「妙なこと?」


 あかりさんが今思い出した、と言う。

 俺が訊き返すと、歯切れ悪くあかりさんは答える。


「陸上部で一番速い選手にも話を聞いたのよ。朝霞の先輩で……いわゆるエース? 朝霞は速いのかって。でも返事は同じ。良く分からないって言ってた」

 

「…………」


 結局、良く分からないという結論になる。だが、そんなことを言いたいわけではないだろう。俺はあかりさんの言葉を待つ。


「でも、それから首を傾げてね。

 小さく『なぜか朝霞に勝った記憶はないな』って……」

 

「それは……」


 俺の背筋を悪寒が走っていった。

 陸上の競走相手でタイムが変わるのは良く聞く話だ。


 ひょっとしたら、朝霞はその傾向が強いのかもしれない。

 平均タイムに差があるのは一緒に走る相手の違いだとすれば納得できる。


 だが少し異常な差だ。競走相手が速いからといって、普通はここまで変わらないだろう。本来なら誤差と言って良い範囲で収まるはず。

 

 まさか朝霞は『相手より速く走る』ことに特化しているんじゃないか?

 ひょっとしたら、本人に自覚がないかもしれないが……。


 問題は――今、こいつ(朝霞)が競走相手には困らないということだ。


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