第一部 17話 すらすらのらりくらりおよよてへぺろっ
「やあ、統哉君」
「ごめん、お兄ちゃん。祭ちゃんを優先しちゃった」
俺が祭教授の研究室を訪ねると、本人は呑気に手を振って来た。
すぐに俺は状況を理解する。奏は祭教授を護衛してくれたようだ。
「……良いよ、その判断は正しいだろ」
少しだけ落ち込んだ様子の奏に笑い掛ける。実際、単独犯とは限らないのだ。
奪われたら困る程度には重要人物だ。次に本題を見た。
「で? 祭教授? 襲われたようですが無事なんですね」
「ああ、奏ちゃんが助けてくれたよ。いやぁー、ありがとうねぇ」
祭教授はそんなことを嘯きながら、へらっと笑って見せる。
奏が釣られて笑う。だが俺は騙されないぞ。
しばらくの間、話をしていたはずだ。
そもそも奏を殺した犯人と会って、無事で済むはずがない。
何か取引があったのかも知れない。
そうであれば……この人は簡単に乗るだろう。
「……凶器は見ましたか?」
「見てないね」
「……能力は?」
「使っていない」
「……では、何か言ってましたか?」
「ああ、自分が犯人ではないと言っていたね」
「……何か要求されました?」
「すまない、脅されて資料を渡してしまった……仕方なかったんだ」
「……何故すぐに通報しなかったのです?」
「酷いじゃないか! 私だって女性なんだ! 怖ければ体も動かないよ……」
「……あんた、面白半分で机の下に通報ボタン作ってただろ」
「あぁっ!? すっかり忘れていたー!」
まるでテンプレートでも見ているように、祭教授はすらすらのらりくらりおよよてへぺろっと肝心なところは何も話さない。いっそ芸術的ですらある。
「はぁ……もう良いです」
「助かった。疑いが晴れたんだねぇ」
わざとらしく祈るような動作をする祭教授に「後でもう一度聞かせて下さい」と言い捨てると、俺は背中を向けた。
「……統哉君」
背中に掛けられた声に仕方なく振り返る。
祭教授はすっかり短くなったタバコを無理矢理に吸おうとして顔をしかめた。
「殺しだけはなしだ。
それは君のためにもならない」
俺は答えず、また背中を向ける。
最後の言葉だけは本当なのだろう。
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