第一部 15話 遭遇
「……分かったよ。少しだけ待っていてね」
「…………」
俺の話を一通り聞き終わった後、祭教授はそう言って机に戻るとキーボードをしばらく叩いた。やがて隣に置いてあったプリンターが何かを印刷する。
「はい、これ」
「これは……?」
何枚かの紙をクリアフォルダに入れて俺に手渡す。
ちらりと見れば、事件のデータのようなものが見えた。
「心当たりがある。以前、この街にいた連続殺人犯だ。
赤と青の小刀を凶器として使用していた。君はその犯人だと思われている」
「!?」
祭教授の言葉に目を見開いた。
その話が事実であれば、まさしくソイツが奈乃香を殺したに違いない。
「世間には伏せられた情報だ。この能力はまだ世の中に浸透していないからね」
「じゃあ、この資料は……」
祭教授が小さく頷いた。過去の事件資料ということだろう。
警察が調べた後だろうが、俺しか知らない情報もあるかもしれない。
「あと、この町の能力者についてもまとめてある。
……もっとも犯罪者の集団に絞ってあるけどね」
なるほど。犯罪者同士、犯人と繋がりがある可能性は高いということか。
ひょっとしたら、この中に犯人がいる可能性すらある。
「……ありがとうございます」
「? どうしてお礼を言うんだい?」
これで手掛かりが手に入った。俺は急いでリュックに資料を仕舞う。
しかし俺が頭を下げると、祭教授は不思議そうな声を出した。
「いや、俺のためにわざわざ……」
「…………」
「どうしたんですか?」
「なるほど、君のためか……」
「?」
祭教授は小さく呟く。
首を傾げた俺を無視すると、研究室の天井を見上げた。
口に咥えたタバコを一際大きく吸う。
そのまま右手でタバコを持ち、天井目掛けて息を吹き上げた。
それはまるで鯨が潮を噴き上げるような。
あるいは機関車の汽笛と呼んだ方が相応しかっただろうか。
「ハハハッ」
そして、祭教授は狂ったように笑った。
空の左手でお腹を押さえて散々に笑った後、彼女はその雰囲気を一変させた。
「……悪いがそれは違う。
君のため? 世のため? 人のため? 違うな」
表情も眼光も口調すらも別人のように切り替えて、祭教授は笑う。
いつの間にか夕日は落ちていたらしい。研究室はすでに薄暗かった。
「全て私のためだ。私が『知りたい』んだ。それだけだ。
何故か? 馬鹿馬鹿しいな。そんなもの、決まってるだろう」
祭教授の様子に気圧されて、俺は思わず一歩だけ後ろに下がっていた。
少女の姿をしているにも関わらず、俺を見上げる眼光が恐ろしかった。
しかし、すぐ後ろは扉だ。
これ以上は下がれない。
「面白いからさ。過去の経験が君たちの異能を形作っている。
ああ、興味深いな。私はね、君たちの行き着く先が見たいのさ」
さらに鋭く祭教授の眼光が輝いた。
口元を歪ませながら微笑んで、彼女は『すぱー』と紫煙を吐いた。
「例えば……君の『象徴』は小刀だったな?
それは幼馴染を殺された『象徴』なのか? それとも……」
「…………」
いつの間にか、俺は祭教授を睨みつけていた。気付けば俺の左手は自分の肩を抱いている。その肩はガタガタと震えて収まらない。
「やはり、君たちは――面白い」
祭教授が右手を俺の鼻先に突き付ける。
薄闇にタバコの灯りが後を引いた。
「期待しているよ?」
「……良い趣味してるな」
祭教授は最後にへらっとした笑みを纏い直す。
その時、突然研究室に光が差した。
「え?」
「む……」
俺と祭教授の両方が驚いた声を上げた。
その意味に気が付いて、俺の背筋が凍る。すぐ後ろにある扉が開いたんだ。
やばい! 誰か来た!?
流石に長居しすぎたか……?
急いで後ろを振り返る。
この状況を見られたら、言い逃れでき――
「……誰もいない?」
「もう追いついたのか」
――体が宙に浮かぶ感覚だけ理解できた。
「がぁ……は!」
床に背中を叩きつけられて、肺から空気が全て出て行った。
幸いだったのは、リュックが衝撃を吸収してくれたことくらいか。
何だ!? 何が起きた!?
扉が開いた後、俺が勝手に一回転したとしか思えない。
俺は研究室の外で寝転がっていた。
咄嗟に立ち上がって祭教授を見る。
さらに左右を見る。誰もいない。
祭教授以外に人影は見当たらなかった。
「一本背負いとは容赦がないね」
祭教授が呟いた。
一本背負い? 何を言ってる?
訳が分からずに祭教授を見ると、小さく顎を動かした。
それが「逃げろ」と言ってるのだと理解して――
「……クソッ!?」
――俺は全力で廊下を走り出した。
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