第一部 14話 トラウマ
「で? 何の用かな」
「まずは先生が研究している超能力について知りたい」
俺が答えると、祭教授は「良いよ」とあっさり頷いた。
まるで講義でも始めるように語りだす。
「だが、超能力自体に変化はない。古くからある超能力に人間の心的外傷が加わることで、能力を発現しやすくなっただけ。人間の進化の一種だと考えている」
祭教授が立ち上がる。
夕日はとても眩しくて、汚い部屋が赤く染まっていた。
「この能力には段階がある。
第一段階は幻覚。心的外傷の象徴となるものを幻覚する。
第二段階は実体化。象徴が実体化する。能力者以外には知覚できない。
第三段階は再演。心的外傷を受けた時の状況を何らかの形で再現する」
ゆっくりと祭教授が近づいてくる。
思わず身構えるが、逃げるわけにもいかない。
この話を聞くために大学まで来た。
それに武器を持っているのは俺の方だ。
「第三段階にはいくつかの制限がある。
まずは『トリガー』。心的外傷を連想させる固有の発動条件だ。
次に時間制限。これは発動時間と発動間隔が存在する」
一歩、祭教授は近づいて来た。
怖くないのだろうか? 奈乃香を殺した犯人だと思っているはずなのに。
「私はね、この不思議な能力が残酷なものだとは思わないのさ。
生物が進化する時は困難を乗り越えようとする時だと相場が決まっていてね」
もう一歩。
これはこの人自身の感想である気がした。
「だから、人間がトラウマを再現するとすれば――やはり乗り越えるためだろう。それがたまたま超能力と結びついただけに過ぎないと考えているよ」
さらに一歩。
いつの間にか、取っ組み合いになってもおかしくはない距離だった。
「……君も能力を持っているね?」
「? は?」
祭教授が突然話題を変えた。
俺が返事に困ると、祭教授はタバコで一点を示した。
「……それだよ」
「!?」
不意に祭教授がとん、と踏み込んだ。
俺が咄嗟に反応できずにいると、祭教授は俺の小刀に左手を伸ばす。
奪われるか? と一瞬だけ驚いたが、それは違った。
祭教授は小刀の刃先に掌を突き出していた。
「危な――!」
「やはり、第一段階か」
突き付けておいて何を言ってるんだと、自分自身で思う。
しかし、祭教授の方は冷静そのものだ。
何食わぬ顔で……俺の右手を握っていた。
「私にそれは見えていないよ」
「……何を」
祭教授は両手を挙げながら、後ろへ一歩跳んだ。挑発でもしているのか。
いや、そうじゃない。左手が無傷だと言っているんだ。
そう言えば、この小刀は橋の下で捨てたのではなかったか?
鞘はこんな形だったか? いや、そもそも鞘なんてあっただろうか?
この小刀が幻覚……?
しかし『トラウマの象徴』と考えると納得はできた。
「詳しい事情を話してみなよ」
「俺に殺されるとは思わないのか?」
気軽な様子で、祭教授が話しかけてくる。
俺が訊き返すと、祭教授は驚いた顔をして、面白そうに笑って見せた。
「私を殺したいと本気で思えば、いつでも誰でも簡単に殺せるよ。
……この状況じゃあ無駄な足掻きだねぇ」
呆気に取られている俺を無視して、祭教授は続けた。
一服してから、指先でタバコを左右に振った。
「そんなことよりも……君の話は面白そうだ。聞かずに死ねば死に切れん」
「…………」
雨宮さんが言っていた意味を理解した気がした。
犯人の情報を渡せば、この人はそれだけで交渉に応じてくれる。
俺はここまでの経緯を話した。
警察に話が伝わってしまうが、仕方ないだろう。
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