第一部 13話 祭司
一度、研究室の前で深呼吸をした。
扉の横にあるプレートは確かに『祭司』と書かれている。
雨宮さんの言う通り、ここまで来ることは難しくなかった。
夕方。思ったより人は多かったけど、怪しまれてはいないと思う。
意を決して、俺は扉を叩いた。
対する返事はあまりに軽くて「どぞー」なんて調子だった。
恐る恐る、扉を開ける。
夕焼けの赤さに目を細めた。
窓を背にして、中学生くらいの女の子がカタカタとキーボードを叩いていた。他に人はいない。本や雑誌、空き缶、空き瓶、ごみ袋。部屋は荒れ放題だったが、正面の机は片付いているらしい。
「? 女の子? 祭教授の研究室じゃ……」
「あはは、良く言われるよ。私がその祭教授なんだ。これでも大人だよ」
予想外の光景に困惑してしまう。
しかし、すぐに女の子が対応する。
思わず目を見開いた。どうやら彼女が雨宮さんの言う専門家らしい。
祭教授も何か思ったのか、手を止めて俺を正面から見た。
「……ふむ。なるほどね」
「ッ!」
祭教授がちらりと電話を見た。
……気づかれた。
咄嗟に俺は準備していた小刀を取り出すと、そのまま刃を向ける。
別に使うわけじゃない。話を聞いてもらうためだ。
「……それは?」
「通報はするな、ということだ」
祭教授が首を傾げて見せる。
できる限り低い声で俺は応じた。
「……なるほど、なるほど、はは」
「?」
祭教授は何度か頷いた後、楽しそうに肩を揺らした。
さらに何かに納得した様子で、もう一度俺を見る。
「で? 何の用かな」
祭教授はタバコを取り出して、手慣れた仕草で火を点けた。
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