第一部 10話 ハイキング
「さて、どうしよう……」
雨宮さんに見送られて、橋を出ると俺は小さく呟いた。
目的地は決まった。山までの道も知っているし、迷いはしないだろう。
ただ、いくつか準備しないと流石にマズイ。
制服は上着を脱げば返り血は目立たなかったが、どこかで着替えなくてはいけない。あとは食料と水。早めに準備した方が良いだろう。
「……まずは山の方へと向かおう」
様子を見る限り、まだ店も開いていない。
それに、今は出来るだけ現場から離れた方が良いはずだ。
幸い、土曜日の朝は人通りも少ない。
警察の包囲網もここまでは届いていないようで、あまり心配はなかった。
二時間くらい歩くと、目的の山が見えてきた。
この山は街の中心にあって、ちょうど区切りのようになっている。
皆は『桐山』なんて呼んでいるが、本当の名前は知らない。
真っ直ぐに歩いて来たが、少しずつ人通りが増えてきた。
山のこちら側は市街地と言って良い。通行人はさらに増えるだろう。
逆に大学側は未開発地域だから、人目を気にする必要もないと思うが……。
よし、この辺りで買い物を済ませよう。
目に付いた小さなショッピングモールに、俺は何食わぬ顔をして入る。
いくつかの店が入っているようで一通り売っていそうだ。まだ客も少ない。
まずは服や肌着。あとは鞄も買おう。財布の現金にはあまり余裕はないけど。
さっさと会計を済ませて、次は食材を――
「あら、殺人事件だって!」
「へえ……近いじゃないか」
――思わず息を呑む。
レジで並んでいると、すぐ後ろで家族の話している声が聞こえてきた。
母親が「怖いわねぇ……」なんて呟く。スマホでも見ているのだろう。
……大丈夫。まだ、気付かれていない。
自然に、自然に……俺はレジを済ませると、早足に立ち去ろうとする。
「うわっ」
「……ッ!」
足元に何かが当たる感触がして、小さな悲鳴が聞こえた。
見下ろすと、小さな男の子が倒れていた。後ろにいる夫婦の子供だろう。
「……大丈夫? ごめんね」
「うん」
できるだけ冷静に俺が笑顔を作ると、男の子はすぐに立ち上がった。
不自然にならないように気を付けて、俺は両親にも小さく会釈する。
目は合わせないように、急いでその場を去った。
それから手早く食材と水を買う。今すぐに食べる分と、日持ちするもの。
さっきは危なかった。
少しくらいは見た目を変えないとまずい。
俺は百円ショップでハサミと伊達眼鏡を買うことにした。
さらに帽子とマスク。不審者丸出しだが、いきなり通報はされないだろう。
すぐ近くの公園にトイレがあったので、中で着替えることにする。
さらに髪を短く切って、伊達眼鏡を掛ける。
帽子とマスクはいざという時だけ着けよう。
切り替えれば印象も変わるはずだ。
服装も動きやすいものに変えて、リュックサックを背負った。
鏡に映った自分の姿を確認する。
「これなら少し……いや、一瞬くらいは誤魔化せるかな」
深呼吸をして落ち着いた後、俺は再び山を目指して歩き始めた。
そうして、俺は山の入口にたどり着いた。入口と言って良いかは微妙だが。
小さな山とは言え、別に道が整備されているわけではない。ちゃんと山だった。
目の前には獣道が続いている。道の先は真っ暗で見えなかった。
申し訳程度に古びた木の看板があるが……文字は掠れていて読めなかった。
「……大丈夫なんだよな?」
不気味な雰囲気を感じて、思わず質問してしまう。
一応は周囲に人がいないことを確認して、俺は恐る恐ると踏み込んだ。
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