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第3話 邪悪な魔女を倒せ?

突然現れた魔王の刺客。

それは以前の戦いで、物理職しかいないパーティーの弱点をついて、勇者一行を苦しめた邪悪な魔女だった。

ステッキが光の尾を引いて、恐ろしい魔法が光太郎を襲う!

フォース・ウィザードとして、魔法能力を発動した光太郎は、果たして魔女を倒すことはできるのか?

 仮雇用の契約で受け取った前払いの基本給4万円。

 その4万円を突き返そうとポケットに手を突っ込んだとき、聞こえてきたのは まだ幼いの子供の声だ。

 狭い路地裏はビルの陰で薄暗いが、光太郎はその瞬間に、闇が濃くなったような気がした。

 いや、たしかに暗くなっている。

 光太郎が仰ぎ見ると、白い煙がゆっくりと降りてくる。

 スモークが影を作ることで、あたりは暗くなっているのだ。


 勇斗と大樹は声の聞こえた方向を振り返り、「お前は!」と叫んだ。

 「だれだ?」ではなく「お前は」というのは、声の主に心当たりがあるのだろうか?

 釣られて振り向いた光太郎の視線の先で、薄暗がりにスポットライトの色とりどりの光が躍った。

 スモークのせいで光の筋がはっきりと見える。

 まるでイベントステージのようだと、光太郎は思った。

 光の中で、小学生くらいの子供がくるりと回る。

 その姿は、服装といい、手に持ったステッキといい、まるで子供向けアニメの魔女っ娘だ。

 手に持ったステッキからは、光が帯になって見えた。

 魔女っ娘がポーズを決めて、その瞬間に何かが光太郎の顔へ飛んできた。


 「冷てぇ!」


 光太郎の頬に触れると、指先が少し濡れる。

 それから、光太郎はもう一度、スポットライトの中の子供に視線を向けて、緊張は一瞬で解けた。

 勇斗と大樹が「くそう、魔王軍の魔女め」などと言っているのが、ひどく馬鹿馬鹿しく見える。

 花子もおびえているようだ。

 ハローワークで勇斗から聞いた話を思い出す。

 魔王は勇者たちの弱点を突いて魔法で攻撃してきたという。

 3人は、魔法の攻撃で苦しめられた経験があるのだ…が、しかし。


 「それ、便所掃除のブラシだろ」


 白けた気分で、光太郎は言った。


 「は?フォース・ウィザード、何を言っているんです!」と勇斗。

 「馬鹿な、俺たちが便所ブラシに負けるわけないじゃないか」と大樹。

 「そうです!私たちは前にもあの子に酷い目に遭わされたんです」と花子まで。


 3人とも取り乱している。


 「いや、だって水飛んできたし」と答える。

 「その煙、ドライアイスで焚いたスモークだろ?二酸化炭素は空気より重いし、なんか少しひんやりする。そこへスポットライトの光を当てたら光の筋が見えるでしょ?なんだっけ、ティンダル現象?ブラシの先のスポンジから飛び散る水がスポットライトの光で照らされて、ステッキの先から尾を引いて見えるんじゃないか?」


 光太郎の説明に、勇斗達3人は、揃って口が半分空いてなんとも間の抜けた表情をしている。


 「へえ。勇者のおじさん達とは違うんだ」


 ブラシで光太郎の方を指して、魔女っ娘が言った。

 小学生から見たら学生服を着た勇斗もおじさん、ということはアラフォーの光太郎はどんな扱いになるのか。

 それを想像して、ひどく傷付いた気分になった。


 「そうだ。このお方は勇者パーティーの魔法職不足を解消してくれる経験豊富な魔法使い。フォース・ウィザード様だ!」


 得意げに声を張り上げたのは勇斗だ。


 「もう魔法には負けないぜ」と大樹。

 「大人を甘く見ちゃだめよ」と花子も魔女っ娘にヤジを飛ばす。


 「俺、もう魔法使いの仕事なんて、やる気ないよ?心を惑わせて変態にさせるなんて、そういう人格を無視した扱いを受けてどうしてあんたたちの味方をしなきゃいけないんだ。それにお前たち、いい歳して3人で寄ってたかって小学生をいじめるのは、ヒトとして許せないぞ」


 光太郎は歩み出て、魔女っ娘を背後にかばう位置で勇斗達の方へ向き直った。


 「子供を助けてくれるなんて、魔法使いさんは良いおじさんなのね」


 魔女っ娘が笑って言うので、光太郎も悪くない気分になった。

 「おじさん」と呼ばれても、相手が小学生なら、自然に受け入れられる。

 ただ、「良いおじさん」というのは受け入れられない。

 杖を持った彼は、今へそ曲がりなのだ。


 「よせやい。おじさんは良いおじさんなんかじゃない。良くても良くなくても、大人が子供を助けるなんて当たり前なんだ」


 ハローワークの書類を書いて、転職で身に着けた力。

 フォース・ウィザードの魔法。

 過去の職歴を思い出しながら、杖を脇に挟んで両手を空ける。

 光太郎は口元を左手で覆って風除けを作ると、右手で着火ボタンを押す動きをする。

 タバコに火を点けるしぐさだ。


 「俺が警察の留置場で看守をしていた頃はさ、まだ電子タバコなんか普及していなくて、みんな紙巻タバコに火を点けて吸っていたんだ」


 世間話をするように、自然と語り出す。


 「留置場の被疑者は毎日運動の時間に2本ずつ、タバコを吸うことができて、看守はその立ち会いで。被疑者にライターは渡せないから、俺が火をつけてあげたっけ」


 身構える勇斗たち三人に向かって、光太郎は一歩、にじり寄る。


 「俺はタバコ吸わないんだけどさ、タバコに立ち会わなきゃいけないわけだよ。あの煙、臭くて煙たくて、嫌だったなぁ」


 そこで、光太郎はふぅっと、勇斗たちに向かって息を吐きかけた。

 ちょうど、タバコの煙を吐き出すみたいに。


 「煙の魔法、スモークだ」


 魔法の威力は、本物のタバコの煙の比ではない。

 特に、光太郎は転職を繰り返してきた社会経験のあるフォース・ウィザード。

 通常の職業とは別に、地元消防団の団員として、火災出動で猛烈な煙を経験している。


 「ゲホ、裏切るのか!」


 せき込みながら、苦しい呼吸の中で大樹は叫ぶ。


 「フォース・ウィザード」


 力なく、勇斗が呼ぶ。


 「あ、たしかにあたしも、いい大人が子供をいじめるのはだめよね」


 花子は苦しそうに顔をしかめながら、歩み寄ってきた。

 彼女は高校生の勇斗、大樹よりタバコの煙に耐性があるのかもしれない。

 光太郎と同じ、ハローワークで勧誘された求職者ということは、彼女も社会人のはずだ。


 「じゃあ、勇者と戦士の君たちがスモークの苦しさで身動きがとれないうちに、次の魔法を使わせてもらうぞ」


 ニヤリ、と口の端を釣り上げて、光太郎は言った。


 「俺は以前は自営業者だったんだけど、小さな工場を持っていて、商社に納めていたんだ」


 転職を繰り返した人生経験が魔法になるのは良いとしても、魔法の呪文の代わりに経験を語る必要があるのは時間がかかる。

 それでも、苦労話を人に聞いてもらえるのは、ストレスが晴れてすっきりするものだ。


 「その商社っていうのは、ギフト屋さんでね。人が亡くなったときのお通夜や葬式で使う香典返しの商品を扱っていたんだ。調味料セットとか、タオルとかね。でも、人が死ぬのは待ってくれないから、一年中いつ注文が入るかわからない。たとえ正月の三が日でも、明日のお通夜に間に合わせてほしいと言われたら、何が何でも間に合わせなきゃいけないんだ」


 勇斗と大樹は、スモークの息苦しさにうずくまったまま、光太郎の自分語りを聞かされている。


 「あるときなんか、昔天皇陛下から勲章をもらったことのある名士が亡くなったって言うので、普段はほとんど使わないような、一番値段の高いギフトセットの大量注文で、1週間くらい徹夜で夜なべして商品製造。オヤジと二人きりでね。従業員は労働基準法で守られているから、1週間毎日工場へ泊まり込んで徹夜の連続勤務なんて、できないんだよ」


 法律も、もちろんほかの誰も守ってくれない状況で、父親と二人徹夜の勤務を続けた苦しい過去が記憶の中に呼び起こされ、光太郎からあふれ出した魔力はどす黒い靄となって広がり、勇斗と大樹を飲み込んだ。


 煙の息苦しさに加えて、眠気と疲労感が彼らを襲う。

 胸がどきどきして、心拍数や血圧が急に高くなったことを自覚する。


 「その点、今は販売員だから、お店の営業時間は決まっていて残業はないし、休みといったら必ず休みなんだ。経営者と労働者の違いは天と地さ。さぁ、この最高の幸福感の中で脱力しては、指一本だって動かせないだろうさ。抵抗できないうちに拘束されるといい。魔法、約束された休日の安らぎ!」


 光太郎が魔法を完成させた瞬間、疲労による眠気で身動きもとれなかった勇斗と大樹は、一転して体を包み込む安心感に全身の力を失い、幸福な安らぎの眠りに落ちた。


 「おじさん、すごい!」


 魔女っ娘は手を打ってはしゃいでいる。

 光太郎と同じ、ハローワークで強引に勧誘された花子は、晴れやかな表情をしている。


 「さて、子供をいじめるだけでなく、人をだまして変態丸裸にまでする最低の小僧どもを、どうしてくれようか」


 「おじさん。これ、使って!勇者を生け捕りにしたら使うようにって、魔王の人がくれたの」


 魔女っ娘が光太郎に差し出したものは荒縄だった。


 「お嬢ちゃん、ありがとう。じゃあこいつらを縛り上げよう。あれ?どうやって巻けばいいんだ?」


 幸せそうな表情で眠る勇斗の上体を起こして、胴体をグルグル巻きにしたり、両手を使えないように固定したりしながら、動きを捕縛する方法を探した。


 「私がやります」


 そういって、花子が大樹を縛りはじめる。

 ほんの数十秒で、大樹はすっかり身動きがとれないように縛り上げられた。

 何度か見た覚えのある縛り方に、光太郎はぎょっとする。


 「お嬢ちゃん、君は見ない方がいいよ」


 大樹を縛り上げる縄がしっかり固定されているか確認をして、光太郎は魔女っ娘を振り返った。


 「お姉さん、ここ、どうやるの?」

 「縄の端をこっちへ通して、ここ、引っ張って」

 「うわ、すごい、恥ずかしい恰好」


 魔女っ娘は、花子に教わりながら、楽しそうに勇斗を緊縛していた。


 「ちょっと!田中さん?子供に何を教えてるの!」

 「え?悪い奴を捕まえたから縄で縛るんですよね?縛り方を教えているだけですよ?」

 「いや、この結び方、緊縛系のアダルトビデオとか、SMのやつでしょ?子供に教えちゃダメでしょうが!」


 花子は自分が緊縛した大樹へ視線を向けてから、光太郎へと視線を戻した。

 何か汚らわしいものを見るような、蔑んだ視線だ。


 「私、普通に縛っただけですけど、セクハラですか?」


 開き直って逆に光太郎を責める花子に、変態だのセクハラだのと非難される光太郎は、うんざりしたため息をこぼして、彼女に聞こえないように小さく言った。


 「あんたに言われたくねぇ」

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