第2話 頼りになる?仲間たち
ハローワークで勇者から勧誘を受け、3日間の試験雇用で魔法使いの仕事に就職した光太郎。
勇者は光太郎を仲間たちと引き合わせる。
光太郎を待つのは、邪悪な魔王に立ち向かう勇敢な戦士、そして格闘家。
世界の平和を救うための冒険が、今、はじまる…かどうかはまだわからない。
3日間の試験雇用という内容で、光太郎は勇斗と雇用契約書類を交わした。
ハローワーク職員は困った顔をしていたし、光太郎自身も魔王なんか信じていない。
ただ、勇斗のしつこさに根負けしただけだ。
前金で3日間の基本給4万円をくれたからでは、決してない。
アルバイト先の店長も、光太郎が就職活動中の繋ぎでアルバイトをしていることは知っているし、特に副業禁止などということもないので、バイトのシフトに穴を空けさえしなければ問題ない。
「フォース・ウィザード、このバッジを付けてください。これはパーティーメンバーの証です。これがあれば、前線の仲間からの呼び出しで一瞬で通勤できる魔法道具です」
「試験雇用のうちからパーティーメンバーの証は欲しくないものだ」と思いながら、通勤に必要だというので一応、上着にバッジをつけた。
自称勇者の勇斗は、スマートフォンでどこかへ電話をかけて「大樹。3日間のお試しだけど、魔法使いを雇うことに成功した。そっちへ呼んでくれ」と言った。
その次の瞬間、チリンチリン、と鐘の音が聞こえる。
光太郎は視界が暗くなるのを感じた。
職員同士の話し声や求職者への案内などのざわめきが遠くなる。
そして、再び視界が戻ったとき、光太郎は狭い路地裏にいた。
突然どこか知れない場所に移動していたのだから、驚くのが当然の反応だろう。
けれども、光太郎の気持ちはなぜか落ち着いている。
なにより、試験雇用の契約書にサインをしてから、光太郎は魔法の存在を自然に信じ始めている。
『仲間からの呼び出しで一瞬で通勤できる魔法道具』によって、別の場所へ呼び出されたことを理解した。
頭の中の常識は否定しているのに、なぜか心は魔法の存在を受け入れている、奇妙な感覚だった。
落ち着いて、周囲を見る。
光太郎の目の前には、ハンドベルを握る手を振り上げた姿勢で、若い男が立っている。
異動前に聞こえた鐘の音は、恐らく男が握るハンドベル。
だとすれば、きっと呼び出した側の魔法道具はあのハンドベルなのだろう。
男は、ファンタジーの世界から抜け出してきたような、金属製の鎧に身を包んでいる。
すぐに、光太郎は目の前の鎧男の正体に気が付いた。
鎧からはみ出して、学ランのカラーが見えていたから。
きっと、勇斗の言っていた、幼馴染の剣士望月大樹だろう。
更に、柔道か空手でもやるような、道着姿の女性。
鎧男の嬉しそうな表情がやけにキラキラしているのに対して、道着女の光太郎を憐れむような視線は少し冷たく感じられる。
順当にいけば、彼女が『政府の補助金』とやらで雇った格闘家の山田花子に違いない。
「やあ、二人とも。戻ったぜ!こちらは俺たちを助けてくれる新しい仲間の4番目の魔術師様だ。今はまだ3日間の試験雇用だけど、3日後には正式な仲間になってもらえるよう、頑張ろう!」
勇斗は鎧男と道着女に、光太郎を紹介した。
「フォース・ウィザード様、よろしくお願いします。俺は望月大樹です。勇斗とは同郷で、子供の頃から二人で勇者を目指して切磋琢磨してきました。残念ながら、勇者の剣を手に入れたのは勇斗で、俺は勇者になれなかったけど、世界を魔王の手から救うため、頑張ります!一緒に戦いましょう」
大樹は、勇斗と同じように魔法使いの加入を喜んでいる様子で、明るく自己紹介をしてくる。
「あたしは、山田花子です。多分あなたと同じ、ハローワークで求職活動していたところを強引に引き込まれました。ホントに、強引に。資格を聞かれて『空手3段』って答えただけなのに」
続く花子の自己紹介は、大樹とは対照的に暗い。
自分自身が勧誘されたときのことを思い出しているのだろう。
どこか遠い目をしながら、きっと同じように連れてこられたに違いない光太郎を憐れんでいるようだった。
顔ぶれを見るに、光太郎はおそらく最年長だ。
勇斗と大樹は学生服を着た高校生だし、花子も二十代半ばくらいのように見える。
それで、少しだけ精神的な余裕ができて光太郎も自己紹介をする。
「深く関わりたくないし、俺も田中一郎とか適当に名乗ろうか」という考えはあったが、勇斗にはハローワークの書類で名前を知られているので隠しても仕方がない。
「はじめまして、西光太郎です。アルバイトでお店の販売員をしながら、正規雇用を求めてハローワークへ通っています。魔法使いというのは千葉勇斗さんが勝手に言っているだけで、どこにでもいる普通の「おじさん』です。役には立てないでしょうが、よろしくお願いします。今日は挨拶と仕事の説明だけなので明日からお世話になります」
ひと通りの自己紹介の後、大樹は光太郎に、立派な杖を手渡した。
ファンタジーで出てくるような、やや曲がって不思議な形の樫の木の杖だった。
その杖に、風呂敷包みのような布が縛り付けられている。
光太郎が布の結び目を解くと、それは風呂敷ではなくマント。
包みの中には尖った帽子。
「これが魔法使いの装備一式です。魔道の帽子、叡智のマント、へそ曲がりの杖です」
「待って、最後に変な名前が混じってた」
へそ曲がりとはなんてひどい名前かと、光太郎は思った。
「まぁ、名前はいいからフォース・ウィザード。せっかくの装備品を身に着けて見せてくださいよ。順番に装備するんです。最初にへそ曲がりの杖、次に魔道の帽子、最後に叡智のマントですからね」
横からそう言ったのは勇斗だ。
「言われて順番通りにやる奴があるものか。俺は先にマントを着るぞ」
この時点で、既にへそ曲がりの杖を手にした光太郎はへそ曲がりになっている、人の言うことなど聞かなかった。
杖と帽子を脇に挟むように抱えて、ヒラリっと器用にマントを羽織った。
「変態!」
その瞬間、花子の正拳が光太郎の顔面を打ち抜いた。
マントを羽織った瞬間に、それまで光太郎の着ていた服は煙のように消えてなくなったのだ。
マントの下は生まれたままの姿である。
裸マントのオッサンが、大の字で倒れ伏していた。
「違う、山田さん。変態じゃなくてエッチなんだ。叡智のマントを装備するとエッチになる。妄想をかきたてて、そのものすごい集中力によって魔法の威力を当社比20%以上増加させるんだ。裸になるのは…、エッチだからしょうがないよね?」
光太郎をかばうように花子の前に立ちふさがって、大樹が言った。
女性の細腕から放たれたとは信じられない一撃だった。
痛みなんて強烈な刺激は感じない。
ぼんやりと遠い意識の中で「なんて重い一撃だろう」と、他人事のように感じながら、ふっと一瞬意識が飛ぶ。
そんな攻撃だ。
クラクラする頭を振り、顔に手で触れて確認しながら、光太郎は身を起こした。
手に付着した汚れで、鼻血が出たことがわかる。
殴り倒された拍子に、帽子も杖も光太郎の脇の下から失われていたし、羽織ったマントも起き上がったときにとれてしまったようだ。
それで怪しい装備品の効果は消えて、光太郎はへそ曲がりでも変態でもない元の状態に戻っていた。
「おい、なんて物を渡すんだ!」
まだぼんやりとする意識で力なく怒鳴りつける。
頭蓋骨に自分の怒声が響くようで、光太郎は顔をしかめる。
「ごめんなさい」
花子は謝罪しながら大樹を押しのけて、殴ってしまった光太郎の顔を確認した。
裸マントの原因は大樹の用意したマントのせいだとわかった以上、状況は「何も知らずにマントを着てしまった罪のない光太郎を、花子がとっさに殴ってしまった」ということになる。
「いや、山田さんは悪くない。目の前に突然裸の男が現れたら、特におかしくない反応だと思う」
光太郎は花子に、「気にしないで」と笑いかけた。
少し腫れた光太郎の鼻頭を心配そうにのぞき込みながら、けれども花子は引きつった笑いを浮かべている。
仕方がないだろう。
どんな事情であれ、いま彼女にやさしく微笑みかけているのは、ほんの数秒前に丸裸で立ちふさがったオッサンなのだ。
「だから帽子が最初だって言ったのに…」と、ボソリとつぶやいたのは勇斗だ。
光太郎はジロリと睨みつけて、怒気を含んだぶっきらぼうな口調で尋ねる。
「帽子を最初にかぶったら裸にならなかったのか?」
「いや、魔道の帽子をかぶると錯乱するから、エッチになったことに気付かない…」
「馬鹿か!」
答える大樹の言葉を途中で遮って、光太郎は怒鳴った。
魔道の帽子は、「魔道」じゃなくて「惑う」方の、自分を見失う装備だった。
「馬鹿じゃありませんよ、フォース・ウィザード。叡智のマントで魔法の威力が強くなる。魔道の帽子でエッチになったことに気付かない。それに、最初に杖を手にしてへそ曲がりになっていれば錯乱していてもきちんと連携が取れます。杖を持ったあなたにあべこべの指示をすれば、へそ曲がりだから指示とは反対の、希望通りのことをしてくれるんです」
今度は勇斗が答える。
どうやら二人でとんでもないことを考えていたようだ。
「ヤダ、3日間の仮契約、やめる」
「性懲りもなく、こんなところをウロウロしていたのね、勇者!」
4万円を突き返してやろうと、光太郎がポケットに手を突っ込んだまさにその時、声が聞こえた。