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七話

 校舎の周りに植えられた桜の木が花びらを散らす。数日前までは満開だったらしいが、今は半分くらいになっている。


 県立南雲高等学校。その校門には入学式の看板が立てられている。恐らく同級生と思われる人たちが家族と共にその横を素通りして、敷地内へと入っていく。


 昇降口には人だかりができており、ざわついている。恐らくあそこにクラス分けの表が貼ってあるのだろう。


「クラス、一緒だといいね」


「……ええ」


 人混みの間を抜けて、その紙を見た。えーと柳沢佑夜(やぎさわゆうや)の文字は……B組か。福宮茜音(ふくみやあかね)は……。


「お!同じじゃん」


「同じ……嬉しいです」


 僕も彼女も一安心し、表情が(ほころ)んだ。


「改めて、これからよろしくね」


「はい……よろしくおねがいします」


 さて、クラスを確認したので受付を済ませて教室に向かおうか。



×



 受付では両親が同伴していないことについて問われたが、後から来ると思いますと言ったら通してくれた。茜音も同じく。


 校舎の中は新鮮だった。一ヶ月前に受験をしにきた時ぶりだからである。これから三年間ここで過ごすと考えると、まだしっくりとこない。もっとも、これから三年間茜音と同棲することの方がしっくりきていないのだが。


 一年生のA組からE組の教室が集まる一年生棟はかなりの賑わいを見せていた。誰しもが新たな環境に胸を躍らせ、或いは不安を抱いていた。そんな空気感が伝播したのか僕もそわそわしてきた。


 一年B組とドアの上に書かれた教室までたどり着いた。座席表が貼られた引き戸を開けると、十数名の生徒が話をしていた。大体ここでは同中(おなちゅう)の人たち同士で固まっているが、一週間もすれば別々のグループが形成される。僕に関してはここに受かった同中の奴がいないので、初日のうちに友達作りに勤しむ必要がある。


 僕も茜音も自席についた。座席は五十音順になっているので、僕は教室の一番左後ろ。茜音は机を一つ挟んだ右斜め前にいる。


 友人作りについて、一応事前にSNSで話のあいそうな男子と連絡は取っていたが、それらしき人物はまだ来ていない。


 ずっと座っているのも退屈だし、茜音の元へ話をしにでも行こうかと思っていると、


「すいません、柳沢くんですか?」


「え?あ! 坂寺(さかでら)くん!」


 背後から話しかけてきたのは、先ほど述べた連絡をとっていた男子の一人、坂寺(さかでら)(こう)くんだった。


「よかったー、一緒になれて! これからよろしくね」


「こっちの台詞だよ。よろしく」


 坂寺くんは僕より少し背の高い、端正な顔立ちをした人だ。ゲーム好きというところに目をつけ、話しているうちに意気投合したのだ。良かった、友達作りはどうにかなりそうだ。


「お、功。その人が言ってた人?」


 坂寺くんの後ろから、もう一人の人物が顔を出した。大分個性的な見た目をしている。右の側頭部に生えた髪をピンでとめ、肩のあたりまでのびた後ろ髪の一部に青色のメッシュを入れていた。率直に言うと怖い。


「そうそう、柳沢くん」


「は、初めまして……柳沢です」


 恐る恐る視線を合わせて会釈をすると、彼は口角を吊り上げた笑みを浮かべた。


「柳沢……やーさんか。俺は神楽矢(かぐらや)(しいど)。よろしくなー」


 彼——神楽矢くんは個性の地雷原だった。長髪気味で髪を一部染めてる男子が(しいど)って名前なの奇跡だろ。


「やーさんってなんかちょっと不穏な響きじゃない?」


 神楽矢くんの個性が衝撃的すぎるあまり、名付けられた渾名につっこむのを忘却していた。坂寺くんが冗談混じりに言う。


「指……詰めてそうだな」


 そう言って神楽矢くんはひひひと不気味に笑った。この人が友達の友達なのちょっとだけ怖いかも……ちょっとだけ。


「神楽矢くんもこのクラスなの?」


「んーにゃ、俺理数科だし」


「あ、そうなんだ」


 南雲高校には普通科の他に理数科があり、そこは偏差値が普通科に比べて7ぐらい高い。つまり、そこに受かっている神楽矢くんはかなり頭がいいという事になる。意外だな。なんでとは言わないけど。


「やーさんに言っとくと、こう見えて(しいど)は首席入学だよ」


「ええ!?」


 おっと、ものすごく失礼な反応をしてしまった。いやでもこれだけ個性的な上で頭脳明晰なのはあまりに情報量が多い。てかもう僕の呼び名やーさんで確定したっぽいな。


「やーさん、失礼だぞー。ま、この見た目、名前、性格を考慮すると当然だけどさ」


 僕は心の内を見透かされた気がして苦笑いするしかなかった。


「んじゃ、俺行くわ。先生と新入生代表挨拶の打ち合わせしなきゃだし」


「わかった、また後でね」


 神楽矢くんはB組の教室を後にした。そこで僕は、先ほどまで有していた緊張感が無くなっている事に気がついた。彼の情報量の多さで、それを覚えることをいつのまにか忘れていた。


 坂寺くんは僕の隣の席に座り、仕切り直すように改めて口を開く。


「やーさんってさ、家はどの辺りにあるの?親戚の家に住んでるって言ってたけど」


「あ、ああ……」


「!」


 すごく頭を悩ませる質問が飛んできた。やり取りの中で不都合な情報が伝わらないように誤魔化したのだが、学校近くのアパートですと正直に言うと茜音との同棲がバレかねない。バレたらやばい。僕の社会的人権が三年間ないものとして扱われてしまう。


「……」


 茜音もチラチラとこっちを見てきている。どうしようと悩んだ末、濁しつつ伝える事にした。


「割と学校からは近い……かな」


「そうなんだー、僕の家も近いんだよね。いつかお互いの家とかで遊べるといいね」


 坂寺くんは笑顔で言ってきた。僕は良心が痛んだ。僕だって遊びたいが、恐らく僕の家で遊ぶことは叶わないと思われます。だってクラスの女子が住んでるんだもん。



×



 その後僕と坂寺くんがそれぞれやりとりをしていた人達がやってきて、大所帯で会話をしていると予鈴が鳴ったので、みんなそれぞれ座席についた。ドアが開いて先生がやってくる。


 若い女の先生が教壇に登壇し、出席簿をその机の上に置いた。


「おはようございます。この度、一年B組の担任を務める事になりました、佐孝(さこう)沙子(さこ)です。一年間よろしくお願いします」


 佐孝先生は若い見た目にそぐわない落ち着いた雰囲気、および声を有していた。美人、というよりは可愛いといわれるタイプの顔をしている。特徴的な垂れ目がその印象をもたらすのだろう。


「早速ではありますが、出席を取りたいと思います。一番、安達さん」


 それぞれが順々に返事をし、最後に僕がはいと言って、先生は出席簿を閉じた。


「この後入場の時間になったら案内があるので、それまでは待機です」


 先生は腕時計を見て言った。



×



 その後、入学式はつつがなく進行し、終わりを告げて教室に戻ってきた。強いてあった(つつが)をあげるとすれば、(しいど)くんが新入生代表挨拶で『同志諸君、革命を起こそうではないか!』などと(のたま)い始めて全体がざわついたことくらいである。思いっきり恙あったわ。


「えー……衝撃的な挨拶でしたね……」


 帰ってきて佐孝先生は開口一番、苦笑いでそれに言及した。思わず生徒たちや、後ろで立っている保護者からも薄ら笑いが聞こえる。おい父さん爆笑するのはやめてくれ。頼むからやめろ。


「まあでも気を取り直していきましょう。改めて、一年B組の担任を務めることになった佐孝です。教科は数学、部活は軽音学部をそれぞれ担当します。一年間よろしくお願いします」


 佐孝先生は自己紹介をしたのち、咳払いをして一枚の紙を見る。


「まず、配布物についての説明をしたいと思います」


 提出しなければならない書類関係や、プリント等が配布される。それぞれについての説明があった後、提出物を提出し終わる頃には時計の針が両方真上を向いて重なっていた。


「この後教科書販売があるので、購入が終わった人から今日は解散です。お疲れ様でした」


 先生がそれを言うや否や、教室の空気は弛緩した。僕は座ったまま振り返って、真後ろに立つ両親に話しかけた。


「父さんさあ、アレで爆笑すんのはやめてよ」


「はは、悪い悪い。でも面白いじゃないか」


 父さんは悪びれることもなく、再度笑う。


「そうだぞ祥一。佑夜くんが気まずいだろう」


 横に立っていた男の人が父さんの名前を口にして笑った。その顔には見覚えがある。


「……敬造さん、お久しぶりです」


「ああ、久しぶり、佑夜くん」


 茜音の父親である福宮敬造さんだ。かつて会っていた頃と同じ笑顔を浮かべている。


「佑夜くん、久しぶり!」


「京子さんもお久しぶりです」


 そしてその奥さんである京子さんも昔と変わらず、元気なままだった。


 そこへ茜音がやってきた。一頻り僕の両親が茜音にだる絡みをして、彼女が困惑してぐるぐるお目目になったところで、教科書を購入しに行く事になった。道中で一応謝罪をしておいた。

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