五話
日用品の買い出しが終わり、自宅に帰ってきた。荷物を置いてからソファに体を預け、一息ついた。こうしてみると本当に今日搬入してくれてありがたかったと思う。時計は3時30分を指している。
僕は横を向いて口を開く。
「疲れてない?」
「……ちょっと疲れちゃったかもです」
僕と同じようにソファに腰掛けて、本を読んでいる茜音は、顔こそそうでないものの苦く笑うような声音で言った。
「そっか、ちょっと連れ回しすぎちゃったかな……食料とかはスーパーで済まそうと思ってるんだけど、しんどかったら家にいてもいいよ」
彼女のことを慮って言うと、
「……いえ、着いていきたいです」
「来てくれる?ありがとう」
茜音は本を閉じてから言って、立ち上がった。それに伴い黒い髪が揺れた。僕は笑みを浮かべながら感謝をして、荷物を出したばかりのエコバッグを手に取った。
×
僕が初日にも訪れた、この最寄りのスーパーはライトという店名で、食料品、飲料、石鹸や洗剤等が売られている一般的なそれである。
僕はカゴを手に取ってカートに入れつつ、口を開く。
「嫌いなものとか、アレルギーとかあったりする?」
本日の晩御飯を作るに際して、ひいてはこれからの生活を共にする中で必要なことなので問うと、彼女は一瞬固まったのち、
「アレルギーはないんですけど……ピ」
「ぴ?」
「ピーマンが苦手です……」
「……ぷっ」
どことなく彼女は大人びているような気がしたから、その子どもっぽい好き嫌いに思わず吹き出してしまった。
「笑わないでください!」
「あはは、ごめんごめん」
「もう……」
「アレルギーはないんだね、了解了解」
僕は軽口を叩きつつ、人参やブロッコリー、じゃがいもにキャベツ等、当面の間料理に使う野菜類を入れていく。今日はシチューでいいや。
そうしてシチューの材料を集め、米をカートの下の部分にでんと置いて、購入すべきものは後一つ。僕と茜音はそのコーナーに移動する。
「……洗剤? すでに買ってありませんか?」
「ああ、うちはそうなんだけど、ご近所さんに挨拶しなきゃなと思って。その粗品にね」
「なるほど……」
少なくとも一階に住む他の三部屋の方々にはしておいた方がいいだろうと思い、洗濯用洗剤をかごに三つほど入れる。
さて会計しようと思って動き出したところで、茜音は思い出したように足を止めた。
「あ、私……シャンプーとリンスが買いたいです」
「そういえばまだ買ってなかったね。好きなの取ってきていいよ」
彼女は少し遠くにあった容器と詰め替えをそれぞれ一つずつ持ってきた。そのパッケージは桃色と黒色でデザインされていた。
×
帰宅後、ご近所さんへの挨拶を済ませて晩御飯の支度をしている。一階に住んでいたのは大家を務める老夫婦と、三人家族の二組だけで、残り一部屋は空き部屋だった。洗剤が一個余ったが、あるに越したことはない。
まな板の上に置いた野菜類を適当なサイズに切って別の容器に移し、何も無くなったその上に牛肉をでんと置いた。たまたま割引されていたから買えたものだ。17時半、窓を橙色の光が透過する時間に調理を開始した。
「そういえば、柳沢くんは嫌いなものとかないんですか?」
「え、ああ……」
肉を火が通りやすいように切る最中、リビングで件の課題を解き進める茜音が問うてきた。
「……柳沢くんだけ言わないのは卑怯ですよ」
「分かった言うよ!実は……魚介類が苦手で……」
「魚介類?」
鍋を火にかけて油を引きつつ、僕は返事をする。肉を入れるとジュージューという音と香ばしい匂いが腹を刺激した。
「特に貝類が無理でさ……魚介類に関しては調理もできないんだ」
魚はまだ食べられる種類もあるが、貝に関しては全滅である。独特の臭みが苦手なんです。あれを食べられる人はすごい。
「へえ、なんだか意外です」
茜音は僕の弱点を見つけ、少し嬉しそうな声で言った。そして、彼女は再度口を開く。
「なら、魚介類の料理は私が担当しますね」
冗談を言うように、得意げに彼女は言った。僕は考えた。まだ茜音の料理スキルがどれほどのものかは未知数だが、僕は魚介類においてはとにかくからっきしなので、彼女にやってもらう他ない。あと茜音が作ってくれたものを残したりはできないから、自然と完食する気がする。
「……茜音が作ってくれるなら、食べられるかも」
「……へぇっ!?」
思考の末生まれた結論を口に出すと、茜音は声を裏返して、動揺したような表情になった。
「わ、わかり、ました……」
「?」
シチューの料理工程はあと、煮込んでルーを入れるのみだった。給湯器が風呂が沸いたことを告げた。
次回から高校生活が始まる……かも