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二話

 茜音と思われる女の子に昔の元気で活発な感じはまるでなかった。物静かな、どこか憂いを帯びたような雰囲気を漂わせていた。しかし、その顔には確かに面影があった。


 僕を見て見開いたその目は若干垂れ目で、少し眠そうであった。


「あー……えっと……福宮さん、だよね」


 確認のために恐る恐る問うた。なんと呼べばいいか分からなかったから苗字で呼んだが間違っていないはず。よそよそしさは拭えないけど。


「あ、は、はい。そう……です」


 しどろもどろに、言葉に詰まりつつ彼女は返した。落ち着いた、女子にしては低めの声色だった。


柳沢(やぎさわ)です。久しぶり」


「……お久しぶりです」


「さっき着いたの?」


「はい……今さっき荷物を入れ終えたところでした」


 想像通りと言えば想像通り、僕らはかつての仲良しな関係性ではなくなってしまっている。僕らの間に置かれた都合2メートルの距離はとりもなおさず心の距離を表していた。


「……なんか……ごめんね?うちの親が」


「いえ、それはお互い様……なので……」


「「……」」


 会話が全くと言っていいほど弾まない。かつて僕らが子供だった頃は、それはそれは仲が良かったというのに。僕は何らかの違和感を覚えつつも、まあいいかとスルーした。


 僕はとりあえず買ってきた食材達を床に置いて、いち早く決めるべきことをさも今思い出したかのように問うた。


「……そうだ。手前側と奥側の部屋、どっちを自室にしたいとかある?」


「……奥側の方で」


「分かった。荷物入れるの手伝うよ」


 リビングの壁際に積まれた、彼女のものと思われる段ボール等を見つつ僕は言った。


「……ありがとう、ございます」


「それじゃ、ちゃちゃっとやっちゃおっか」


 促すと、彼女はこくりと頷いて立ち上がった。


 段ボールは四つ。僕と彼女は二つずつ持って、その部屋へと入った。


 その室内にはただ淋しさのみが漂っていた。誰もおらず、何もない。今日来たばかりだから当然だけど。


「ここに置いとけばいいかな」


 確認すると、彼女は再度無言で頷いたので、ひとまず角っこに段ボールを置いた。彼女も僕に続くように。


 あとは僕の荷物をもう一つの部屋に入れれば終わりかと思っていると、彼女は振り返って、伏目がちにおずおずと口を開いた。 


「……その……ごめんなさい。私、無愛想……ですよね」


「え?」


 彼女の口から告げられたそれには自身を責めるような、僕に申し訳なさそうな感情が含有されていた。


「……あの後……色々あって、こういう性格になっちゃったんです」


 そこで僕は彼女に漠然と感じていた寂しさ、及び会話に対する違和感に納得がいった。会話が弾まないというよりかは、彼女の性格そのものが変わってしまったような印象を受けていたのだ。


「そ、っか……」


 色々、という曖昧な表現を用いていることから、きっとまだ話しにくい、触れられたくないことなのだろうと推察できる。こうしたデリケートな話題に対する反応の仕方が分からず、僕は姑息にも相槌のみを打った。


「……ごめんなさい」


 何に対する謝罪かわからず、僕は自分の後ろ髪をくしゃっと握ったあと、そこをポリポリと掻いた。


「……大丈夫だよ、別に。どんな性格になろうと、茜音は茜音のままだし」


「……!」


 彼女は目を見開いて僕を見て、そうしてまた視線を下げた。何かしたかと自分の発言を顧みたところかつての癖で名前で呼んだことが発覚しました。


「……ああ、ごめん、馴れ馴れしく名前で呼んで……昔の癖で」


 怒らせてしまったかと謝罪すると、


「……呼んでください」


「え?」


「……名前で、茜音って呼んでください」


 茜音は顔を赤くしてそう言った。意外だった。心を閉ざしているのかと思ったが、少し開いてくれたらしい。そう思うと嬉しくもなった。


「え? い、いいけど……じゃあ、茜音」


 呼ぶと、茜音は少し微笑んだ。


「……はい」


 互いにじっとお互いの目を見つめること数秒。逸らしたのは茜音の方だった。僕はその反応を見て、少し揶揄(からか)ってみたくなった。


「じゃあさ、僕のことはやーちゃんって呼んでよ」


「なっ……! からかわないでください!」


 茜音は昔のことを思い出したのか恥ずかしそうに言ってきた。


「はは、冗談だよ」


「もう……」


 呆れたような声を背に僕は部屋を出て、折りたたみ式のマットレスなどの残った荷物を彼女の部屋に届けたのち、自分の荷物をもう一つの部屋に持って行った。


「そうだ、今日の晩御飯はパンが主食になるんだけど、いい?」


 部屋で荷物の整理をする彼女に廊下から確認した。


「大丈夫です」


「おっけー」


 炊飯器はまだないので、明日様々な家電とともにそれが送られてくるまではパン主食になる。


 家電は明日来るからいいとして、食料だったり日用品だったりの色々なものを買う必要がある。幸いそれを想定してか、両親が通帳にかなりの額を振り込んでくれているし。


 あれやこれやと脳内のカレンダーに予定を書き記していく中で、僕はなんとなくそれを訊いてみた。


「……あのさ……明後日、一緒に買い物に行かない?」


「……へ?」

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