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中間テスト 1

 五月に入った。


 おれはバイトを始めるために、とあるカフェに向かっていた。


 カフェ『ヴァリアント』


 バイトの求人情報を見てやってきた。


 ちなみに前世ではおれはスーパーで品出しのバイトをしていた。大学の頃な。


 四年間続けて、大ベテランだった。


 おれはパートのおばちゃんからもかわいがられた、という実績を持つ。


 ちなみにバイト先の女子大生と恋仲になるなんてラブコメ展開は起こらなかった。


 まぁ切り替えよう。所詮は前世の話だ。


「お願いします」

「おっすー、バイト志望の子?」


 白ギャルが出てきた。いかにも男食いまくってますって感じの女の子だ。


 歳は、高校二年生くらいだろうか。


 おれよりも先輩って感じがする。


「アタシ高梨四葉っていうんだ! よろしくね!」

「こちらこそよろしくお願いします。黒崎いつきって申します」

「早速だけど、面接やっちゃおっか! ざっと十五分くらいかなー」


 おれは面接会場である応接室へと連れて行かれた。


 カフェのバイトは初めてなので緊張する。


 連れて行かれる間、廊下で高梨先輩の話を聞いた。


 彼女は高校二年生である。彼女はバイトではなく、ここのオーナーの娘さんなのだそうだ。


 一応バイトリーダー的な立場にいるらしい。この人華やかだから、やっぱ向いてんだろうな。


「はいついたっ。ンじゃ面接始めるね。ホールとキッチンどっちがいいとかある?」

「キッチン希望です」


 料理には自信がある。なんせライトノベル作家を志すようになって、家族から家を追い出されないために、必死に料理の勉強をしたって言う実績があるからな。


 それがお店レベルで通用するかどうかはわからないが、まぁバイトなら、料理できるってだけで採用してくれると踏んだ。


 案の定、バイト採用してくれるらしい。


「ありがとうございます」

「いいっていいって。とりあえず、料理の腕前見たいから、厨房来てくれる?」


 そうだな。やっぱあるよな実技試験。


 おれはうなずいて、また高梨さんの背中を歩いて行く。


 しかしこの人超絶可愛いな。


 ホールを横切るとき、おれはチラリと目が合ってしまった人物がいた。


 エプロンをして、給仕に勤しんでいる。


 その彼女の顔に見覚えがあった。


 トレイで顔を隠して、目を丸くする彼女。


「結衣……。お前もここで働いてたのか」

「め、めっちゃ奇遇じゃん……。あれ、マジ……。もしかしていっちゃんもここでバイトする感じ?」


 青海結衣。椎名真夏の親友であり、いっちゃんクラブのメンバーの一人だ。


 こんなところで働いてるなんて思いも寄らなかった。


 しかも喫茶店仕様のコスチュームを着用している。


「に、似合ってるな、その制服」

「そ、そっかな。ありがとさん」

「おぉ! 何かめっちゃ青春って感じするね! 

 制服いいでしょ。女の子けっこうこの制服目当てにバイトに来る子いるんだよ!」


 たしかに……。メイド服……に近い制服だ。


 喫茶店の給仕ってけっこうおばちゃんが多いイメージあるよな。それもけっこう若モノ向けの衣装を着ていることが多い。


 正直、おばちゃんが着ているとそれ無理あるだろ……と思うことも多いが、結衣が着ているととても似合う。可愛い。天使。推せる。


「男の人向けのもあるからね。こっちはめっちゃ執事っぽくてかっこいいんだから!」


 なるほど。


「あーでも、制服着られるの給仕だけなんだよねー。キッチンはほら、調理服。白い奴。白衣みたいな。みすぼらしくはないけど、まぁ、人前に出ることはないかな」


 ですよね! おれも何か期待しちゃってるところがあった。そうだよな、厨房って地味だよな。


 まぁ前回の学校生活でも、地味で目立たなくてどうしようもない存在でした。


 生きててごめんなさい。謝るから許して下さい。


「……これから面接なの?」

「いや。面接はもう終わった。次は実技試験だ」

「あーなるー! ってかいっちゃんって料理できたんだー。意外!」

「それはおれにとっては心外だな……。まぁ店で提供できるレベルかどうかはわからんから、テストってところだ」

「そうなんだ、へへっ、頑張りなよ!」


 素直にそう言われると嬉しいな。


「んじゃっ、行こっか」


 おれは高梨先輩に案内されて、厨房へと向かった。


 キノコのオムライスを注文通り作れ、というミッションだった。必要な材料とか作り方とかは渡され、それをレシピ通り作るというテストだった。


 結果は合格した。一応採点は高梨先輩がしてくれて、六十点が合格ラインなのだが、おれは八十点を貰えた。嬉しい。


「いい! めっちゃいい! 三年に一度の才能だよ!」


 それは褒められているのだろうか。まぁバイトだから、三年に一回くらい入れ替わる感じなのだろうが、ちょっと複雑である。


 でもまぁ、受かったのならよかった。


「早速明日から入れる!?」


 おっと。おれはどうやら即戦力なようだ。


 特に用事もないため、おれはうなずいた。直近で迫ってきている学校イベントも中間テストだけだしな。


 勉強くらいなら、軽い復習だけで何とかなるだろう。こちとら大学受験のためにひたすら勉強してきた身だ。高校生で学ぶ範囲はひととおり学習しているのだ。


 思えば、学校生活二週目ってけっこうアドバンテージデカいよな。


 おれはほくほく顔で、その日は結衣と一緒に帰った。


「どうだった?」

「受かったぞ。八十点だそうだ」

「おー、マジ!? やったじゃん! これから頑張ろうね!」


 おれは結衣とグータッチをかわした。原監督と坂本勇人のようだ。この時代でも活躍してるんだよな。令和の時代にも二人は活躍してることを考えると、なんか嬉しい。




「だぁもう! くっそわかんねぇ!」


 健太の絶叫が教室中に響き渡る。


「どうした?」

「いやな。中間テストで赤点取ったら部活で試合に出れなくなっちまうんだよ。それで数学が危ねぇから、今ワークの問題解いてるんだけどよ。わかんねぇんだ」


 ほぅ。健太が自分から勉強するとはな。


 たしかにうちの野球部ではそういうルールはあった。


 だがたしか、健太は赤点は取ったが試合には出られたんじゃなかったか。


 前回ではそうだった。健太は頭悪くても試合に出して貰えるだけの力はあった。


 ルール無視の顧問のやり方に反対の声も上がったが、健太はそれを実力で黙らせた。


 おれはそんな健太を、かっこいいな、とか思ったものだ。


 しみじみとおれが昔のことを振り返っていると、健太が顔を上げた。


 そこにはなにかを言いたそうにしている男の顔があった。


 なんだ?


「…………………………いや、やっぱなんでもねぇ」


 本当になんなんだ。お前はいったいなにを言いたかったんだ。


 すると、真夏が健太の近くを通り過ぎようとした。


「おっ! 椎名! いいことろにいた! お前勉強得意か!? おれこの問題わかんないんだけど、教えてくんね?」


 おいちょっと待て。


 なぜおれに聞かなかった。


 まぁたしかに真夏は勉強ができる。それは新入生代表としてスピーチしたことからもわかるだろう。入試の成績優秀者だけがあの壇上に立てるからな。


 だがべつにおれに聞いてくれたってよかったんだぞ。


 なぜ健太はおれに聞かなかったんだろうか?


 おれが頭悪そうに見えたからか。


 ……ん、まぁたしかに。妹からはお兄ちゃん頭悪そうだよねー。まぁ地頭はいいけどさ。などと言われた身だ。


 お兄ちゃんショックだったんだからな。


 まぁそんなことはどうでもいい。


 健太はおれに頼もうとして、頼まなかった。


 このときのおれは、健太にとって勉強ではおれが頼りなさそうだったから聞かなかったのだと思った。

 だがべつの理由があったことを、この時点でのおれは知らなかった。


 まったく見当がつかなかったのだ。


 おれは他人の感情に対して鈍すぎるな。




 それから何日かが経過した。


 おれはアルバイトにはもう慣れてきた頃だ。


「三番テーブル! キノコのオムライスとチキンのオムライス! それぞれひとつずつお願いしまーす!」

「はーい!」


 おれは元気よく返事をする。


 なんか文字で書くと乙女チックな返事に見えてしまうかも知れないが、ここのお店での返事の仕方はみんなこんな感じなのである。


 おれはオムライスをちゃっちゃかちゃかちゃかと作っていく。なんか笑点みたいな音楽だな。


「ヘイお待ちー」


 おれはオムライスを棚の上に置いた。この作業も手慣れたモノだ。


 ざっと作り終えるのに十分くらいか。


 おれってもしかしたら天才なのかも知れないな。


「はいよー。おっ、うまそーにできてんじゃん!」


 にししっと笑う結衣。マジでこいつアイドルみたいだな。給仕できるアイドルとかマジ最高じゃん。推せる。推せるぞ! おれは結衣に百万貢いだっていい!


 とか言う冗談はさておき、おれは仕事を続けていく。


「ふぅ。だいぶ客が引いたな……」


 このお店はチェーン店ではなく個人経営だ。高梨さんのおとうさんが経営してるらしい。


 だから規則はかなり緩い。厨房係もふらっとお店側に出て行っても、何ら問題はないそうだ。


 衛生的にどうなんだとも思うが、まぁ緩い店だしな。地元民が愛用するカフェってところで、お客さんもけっこう緩い。


「いやーヒマだねー」

「そうだな。まぁ平日のピーク時間過ぎるとこんなもんだろう」

「そうだねー。なんかいっちゃんもベテランの風格出てきたんじゃない?」

「まだ数日しか出勤してないんだが」

「あはは、まぁたしかにね」


「……学校は慣れたか?」

「なにそのおとうさんみたいな質問。草生えるんだけど」

「いやなんだ、世間話って奴だ。他意はねぇよ」


 こちとら対人スキルはあまり上がってない。


 たしかに陽キャグループに入ることはできたが、どうでもいい話とか、参加するのはできるが切り出すのは苦手なのだ。


 なにせ元が陰キャなモノでな。


「私は昔から社交的なタイプだからねー。心配なのは真夏かな。あの子人見知り激しいからさ」

「……まぁ、たしかに。けどおれたちとはうまくいってるんじゃないか?」

「それはそれだよー。気づいてた? いっちゃんけっこう真夏に懐かれてるよ」

「懐かれてるって言うか、信頼されてる感じはあるな。たまに尊敬の眼差しは受けることがある」


 それはおれも気がついている。その視線に気がつかないほどおれは鈍くない。


 だが、彼女がおれを尊敬しているからと言って、手放しで喜べるわけじゃない。


 信頼と、恋は違うだろう。


 おれは彼女を振り向かせたい。恋愛的な意味で。


 だからもっともっと、自分を磨くなくちゃいけないと思う。


「真夏ってけっこう完璧な女の子じゃん? それを演じてるって言うか、自分で作り上げてるって言うか」

「パーフェクトヒロインを演じてるってことか?」

「そーそー。だからいろいろと疲れちゃうところもあってさ。私もこう見えて、時々彼女から愚痴を聞かされることがある訳ですよ」


 苦笑する結衣。きっと本当のことなんだろうと思う。


 そうなのか。


 おれは前回ではまったく気がつかなかった。おれが知らない所で、真夏も色々悩んでいたと言うことか。


 たしかに完璧な男子よりも、完璧な女子の方が辛いことも多いだろう。特に男子から好色な視線を送られることだってあるはずだ。


 前回は、おれもそのうちの一人だったのかもな。


 最低だ。


 いや……最低だった。


 昔のおれと今のおれじゃまったく違う。周囲から送られる視線も好意的なモノが多い。


 それは成長……と呼んでいいのだろうか。おれは人生二週目だ。若干の罪悪感がある。おれは彼らより、精神年齢が九つ上なのだ。そりゃ落ち着いてものを見られるのも当たり前だ。


「できればさ、私だけじゃなくて、真夏にはいっちゃんのことも頼って欲しいなって思ってる」

「それは友達として、そうなって欲しいと言うことか?」

「そうだね。いっちゃんは話聞いてくれるから、なんか安心するんだよねー。それに変な下心もないし」


 下心って言うのに女子は敏感らしい。


 まぁ思春期女子の肉体は、他のものに変えがたいほど魅力的だ。それは否定しない。一般論として、女性は若い方が好まれるし、肉体だって若い方が需要が大きいだろう。


 だがおれは、中身おっさんだからかな。あまり下心というモノを抱かなくなっていた。


 むしろ思春期においては、性欲よりも、知的好奇心の方が大きいんじゃないかと思う。


 しかし知ってしまった者からすれば、あぁこんなものなんだな、と想像がつく。


 ついてしまう。それが喜ばしいことなのか悲しいことなのかはさておいて。


 二十四年も生きていれば、そういう経験は何回かする。


 だがあくまでも、おれの心の中には真夏という女の子しかいない。


 ……また、チラリと罪悪感を覚えた。


 こんな自分が、本当に真夏を振り向かせていいのだろうか、と。


 ただひとつ言えることは、生涯で一番好きだったのは真夏、ということだ。


 それは胸を張って言えることだ。


 きっとおれは真夏や、結衣から見れば大人なんだろう。大人に見えるんだろう。


 ならそういう自分を創り上げてやろう。


 彼女達が望むおれになってやろうじゃねぇか。


「善処する。真夏に頼られたときは、おれはとことん相談に乗る。もちろん真夏だけじゃない。他の奴らもそうだ。あいつらが悩んでるときは、おれも一緒に悩む。それくらい友達として当然だ」


 友達……。


 おれはどの面下げてそんな言葉を使ってるんだろうか。


 高校で、大学で、大して友達を作れなかった男が。


 本当に、望んでいた人間関係を手に入れることができるのか? こんな男に。


 希望に満ちあふれていたおれの胸は、徐々にここ最近不安を訴えかけてきていた――

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