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異変 2

 春休みは長い。


 その期間中、おれはダイエットにいそしんだ。


「何だお兄ちゃんその程度かー! もっと速くー!」


 自転車に乗った美波が急かしてくる。河川敷だ。


 く、くそ……。


 体力があまりにもないことを実感させられる。


 って言うかお前悠長に自転車漕ぎやがって。


 めっちゃギア軽くしてやがるし……。


 だが戯れ言はやめだ。


 おれは黄金色に輝く青春を、謳歌したい。


 そのためにも努力は必要条件だ。


 おれは走った。


 もう前回みたいな学校生活はごめんだ。




「さて、お兄ちゃんにはコミュニケーション講座をしなくちゃね」


 さぁきた。


 一番苦手な部分である。


 おれは前回、陽キャグループに一瞬だけは入れた。


 ほんの一瞬だ。


 人間関係って言うのは、初めはよくても、後が続かないことが多い。


 それは多分、個人のメンタルや性格に問題があるからだ。


 本当に関係性を築きたい人とだったら、ちゃんと物事を腹割って話さないといけない。


 でないと、いつかぼろが出る。


 人間関係には本物も偽物もある。本当に心の底から繋がっている友達と、上っ面だけの友達。


 しかしおれはその両方も得ることはできなかった。


 おれは次の高校生活では、本物を得る。


 本物が欲しい。


 そのために努力は惜しまない。


 たとえくじけても、こじれてもいい。


 おれは好きな人に好きになってもらう。


 そのためなら全力を尽くす。


 この作品にタイトルをつけるとしたら『無職タイムリープ ~過去に戻ったら本気出す~』とかだろう。


 高校一年に戻ったら本気出す、といったところか。


 上等だやってやろう。


 おれはもう後悔しない。


「お願いします、妹よ」

「よしきた! それでこそお兄ちゃんだよ!」


 八重歯を輝かせて、黒いボブカットを揺らした妹は、多分宇宙で一番愛すべき存在だ。




「日常会話レベルだったら、多分誰でもできると思う」


 妹が言った言葉におれは戦慄する。


 なんだって?


 そんなわけないでしょもう美波ちゃんったら! 可愛いんだからもう!


 ジョークはよしてくれよ。


「ジョークじゃないし。お兄ちゃんは本当にダメ兄貴だねー」

「お兄ちゃんガラスのメンタルだぞ。簡単に壊れるぞ」

「アーダメダメ。人間関係で一番はやっぱメンタルだから。メンヘラに友達ってあんまできないし、限定的な人間関係になるから。

 お兄ちゃん陽キャグループに入りたいんでしょ?」

「まぁそうだな」


 妹は首を横に振った。


「この際だからはっきり言うけど、お兄ちゃんに陽キャはむりだよ」

「な、なんだと?」


 ショックを受ける。お兄ちゃん陽キャになれないの?


 あまりにもショックすぎて地中にいるもぐらさんとお友達になりたいレベルだ。穴があったら入りたい、ってな。


「お兄ちゃんむりむり。陽キャって言うのは、生まれつきメンタルが強い人だけがなれる上級職。お兄ちゃんのガラスのメンタルじゃむりむり」

「そ、そうなのか……」

「はいそこ落ち込まない。そこでお兄ちゃんに朗報です。

 陽キャになれることはなくても、リア充にはなることができます」


 ババーンと胸を張った妹。薄っぺらい。


 だが言葉はなんとなく重く、濃い。


「どういう意味だ?」

「陽キャグループには入れるってこと」

「なるほどな。たしかに。学校見渡しても、なんであいつ、あのグループにいんの? みたいな奴はいるな」

「そうそれ。お兄ちゃんにはそこを目指してもらいます」


 おお。来た来た。これだよこれ。


「ぶっちゃけて言うとね、Fランク高校とかだとあんま通用しないと思う。ああいうところってけっこうヤバいからねー。マウント取る奴ばっかだから。お兄ちゃんなんてすぐにいじめられると思う。

 裸にひんむかれて校門にハリツケにされるレベルだよ」


「わかった。なんか怖いな。だがお兄ちゃんが行くところはFランじゃない。進学校だ」


「うんうん。勉強だけはしておいてよかったねー。進学校とかだと、割と人間関係に対してきちんと敬意を払ってる人が多いから、マウント取る人ってあんまいない、って近所のいとこのお兄さんが言ってた」


「なるほど。つまり進学校だと、ちゃんとした人間関係が築けるってことだな」


「それは偏見。まぁけど、頭の悪い人たちの集まりと、頭のいい人の集まりだったら、必然的に頭のいい人たちの方が良好な人間関係築けると思わない?」


「割と残酷な言い方だな。でもまぁたしかにそんな気はするな」


「んでしょ。とにかく、お兄ちゃんにはリア充計画を受けてもらう!」


 腕を組んで、めちゃくちゃやる気な妹。


「なにをやればいい?」

「コミュニケーションスキルの向上ってさっき言ったじゃん」

「あなるほど。やっぱりコミュニケーション改善が必要なんだな」

「そうそう」


 まぁとりあえず、と美波は一拍おいて、


「コミュニケーションの大部分は、その人の表情とか振る舞いによって決まる」

「なるほど。わかった。続けて?」

「本当にわかってんのかなー。まぁぶっちゃけると、お兄ちゃんは笑顔がキモい。そしてしゃべり方もキモい。だからどんだけいいこと言っても、結果的に聞く耳持ってもらえない」


 なるほど。いやなるほどじゃない。


「お前ひどくない?」

「ひどくない。だいたいお兄ちゃん自身も気づいてない? 自分の笑い方ちょっとキモいなって。試しに私の笑い方真似してみてよ。にかっ」


 めっちゃスマイルを浮かべた我が妹。うぐっ、なんでお前そんなに可愛いの? て、天使かよ……。


「に、にかっ」

「きもい! 破滅的! お兄ちゃんそれ鏡で見てみなよ!」

「うわ本当だキモいな」

「でしょ! こう、口角上げて、にかっ?」

「に、にかっ?」

「そーそー。ちょっとはよくなった。でもまだちょっとキモさが抜けてないねー」

「そうか……」


 ショックだ。まさか妹から笑顔がキモいって言われるなんて。いやよく言われてることか。


「まぁ練習あるのみだよ。ほらこれ、マスクあげる」

「マスク? 妹よ、まだコロナかじゃないぞ?」

「こ……ろな? なにそれ?」


 そっか。この時代まだコロナは先の話だ。


 おれはうっかりしていたぜ。


「いやなんでもない。ただ、なんでマスクなんだ?」

「こうやってマスクつけんじゃん、んで、マスクの下は常に笑顔にしておく。そうすると他の人に見られないでしょ?」


 おぉ。なるほどな。それで笑顔の練習ってわけか。


 たしかにそれなら誰にも見られることはない。家族の前でも常に笑顔ってわけにもいかないからな。


「わかった。練習しよう」

「わかってくれればけっこう。私のツイッターに笑顔の写真いっぱいあるから、それ見て練習しな」

「お、おう……何から何までセンキュな」


 妹のツイッターをなんども見返す兄貴って、それはそれでけっこうキモいような気がするが、まぁしょうがない。


 おれは笑顔の練習をちょっとだけしてみた。うーむ、なかなかうまくいかないな。


 これも精進あるのみか。




「喋ることがないときはどうすればいい?」

「うーんそうだねぇ、会話の基本は質問だよ」

「なるほど」

「なるほど多いなー。お兄ちゃんそればっかり言ってない?」

「……う」


 おれは図星をつかれる。


 たしかになるほどばかり言っているような気がする。


「まぁ、聞いてくれてるな、とは思うんだけど、ちょっと安っぽすぎるかな。『うん』『そうなんだね』とか、そんなんでいいと思うよ、相槌は」

「な……そうなんだね。……いやちょっと違和感ないか?」

「ナイよ全然。むしろ簡単に『なるほど』ばっかり連呼してると、騙されやすい人に見える」

「たしかにな……」


 そういう考え方はなかった。だが妹の言うとおり、簡単に納得してしまう人のように思えてしまう。


「質問の内容はそのときにもよるけど、基本的に出身中学、趣味、兄弟について聞いておけば、学校生活においてはうまくスタート切れると思うよ」

「な……うん。なんとなくわかるぞ。自己紹介で喋るようなことを、初めから聞いておくんだな」

「そうだねー。自己紹介後とかでも問題ないよ。みんな言ってることも、聞いてることも忘れてっから」

「たしかに覚えてない。自己紹介って、たいてい覚えてないんだよなぁ」


 おれはうんうんとうなずいた。


「質問の仕方はねぇ、『自己開示』って言うテクニックを使う」

「自己開示?」

「そそ。簡単な例だけど、たとえば『きみは休日なにしてるの?』と聞かれるよりも、『おれは休日は友人とランチしたりお茶したりするんだぁ、○○クンは休日なにしてんの?』って聞かれた方が、断然後者の方が答えやすいよね」


「ほう。たしかにな」

「なんか『なるほど』から『たしかにな』に変わっただけだと思うよお兄ちゃん」

「いやだが納得してる。本当に納得してるからこそ、『たしかにな』」

「うむうむ。お兄ちゃんが納得してくれたようで、私泣いちゃうよ、嬉しすぎて」

「泣くな。おれは妹の涙だけは見たくない」

「うわ、お兄ちゃんドン引きだよその発言。妹だって泣きたいときくらいあるって」

「ごめんなさい……」


 たしかにその通りだ。妹に泣いちゃダメと言ったら、もう妹は泣けなくなってしまう。そ、それは逆にストレス溜まるよな。お兄ちゃんが悪かったぞ。


「オーケー? 質問の掘り下げは、うーん、『いつ』『いつから』『どれくらい』とか、5W1Hを意識するといいよ。『いつからギター始めたの?』とか『何曜日にピアノ教室行ってんの?』とか、すっごい簡単でしょ?

 でも意外とできてない人多いんだこれが」


 妹が苦労人みたいに語る。


 まぁたしかにそうかもな。


 おれも意識してやったことはなかった。非常に参考になる。


 おれも就活に向けてコミュニケーション用の本読んだが、どれもダメだった。


 どうして自己啓発本ってろくなモノがないんだろうな。


 その点うちの妹は、どんな自己啓発本よりも優秀だ。具体性がある。そして説得力がある。好き。


「これさえやっとけば、万事解決って感じだね」

「おう。参考になった」


 おれはそれからみっちりとロールプレイングをこなした。妹と一対一でだ。


 相手に妹ってどうなんだ、と思われるかも知れないが、似たような年頃の女の子と話せるって、それはそれでけっこう練習になる。


 女性目線で、それ言ったらドン引かれるよ、とか指摘してくれる。


 タイムリープしてよかったことは、青春をやり直せるって部分もあるが、妹と楽しく話せるって部分もあるだろう。


 話しててちょっと泣きそうだった。




 夜のランニングの途中、一人の女の子と出会った。


「……」


 ベンチに座ってうつむいている彼女は、おれには見覚えがあった。


 セミロングの茶髪。そして頭にはカチューシャをつけている。


 由比ヶ浜沙希。


 おれは無視して通り過ぎようとした。


 沙希は幼稚園、小学校、中学校と一緒だった。


 いわゆる幼なじみだ。


 そしておれは高校デビューしようと、髪型を変え、今こうしてランニングの途中なのだ。


 人間面白いモノで、変わっていこうとするタイミングで知り合いに会いたくないものなのだ。


「ちょっと、なんで無視するのよ。あなたいつきでしょう?」


 うげばれた。バレちまってはしょうがない。


「よく気がついたな。おれがいつきだって」

「さぁ、なんとなくね。あなたずいぶん変わったわね」

「そうか。いつも通りだぞ」

「そんな冗談いいから。ずいぶん痩せたじゃない。それに髪切った? あのもさっとした感じから一気にシュッとした感じになってる」


 おれはちょっと顔を赤らめる。


 褒められているのだろうか。


 いやまぁ、褒められていると受け取っておこう。


「なに? もしかして高校デビューでも企んでる?」

「……悔しいがその通りだ。おれは次の学校から、一発かましてやろうかと思ってな!」


 おれは正直恥ずかしさで一杯だった。


 今の今まで、デビューというモノに挑戦したことはない。


 だから不安なのだ。次回の高校生活がうまくいくかとか、そんなどうしようもない不安でいっぱいだった。


 もちろん、黄金色の青春を送ってやりたいって気持ちもある。


 しかしそれは表向きの目標だ。


 裏には、必ず不安がついて回る。


 失敗したらどうしようとか。変に思われないかなとか。


「あなたにしてはいいセンスしてると思うわ。性格さえどうにかなれば、彼女の一人くらいはできるんじゃないかしら?」

「……お前な。茶化すな。たしかに性格に難あるのは認めるけどな」

「そうね、その極端に低い自己肯定感をなんとかしないとね」


 うぐ。痛いところ突きやがる。


「まぁ、焦らずゆっくりとやりなさいな」

「なんでお前そんなに上から目線なの?」

「上にいるからね」

「ぐうの音も出ない……」


 こいつは中学時代野球部だった。


 女子が? と思うかも知れないが、ふつうに中学校の野球部だったら女子部員いる。


 そしてこいつはめちゃくちゃうまい。


 中学時代のこいつの腕前は知らなかったが、高校で女子野球部に入って、毎日グラウンドで輝いていた。


 あ、そうそう言い忘れていた。この幼なじみの沙希は、おれと同じ鷹栖高校に通うことになる。


 鷹栖高校の男子野球部は県内でも強豪の部類に入る。そして女子野球は全国大会レベルなのだ。


 だからスカウトでもされたんだろう。


 羨ましい話だぜ。


「お前高校に入っても野球続けるのか?」

「当たり前でしょう? なんたってあの鷹栖高校に入るんだから」

「た、鷹栖……!?」


 おれは驚く振りをする。もちろん知っている。


「そうよ。あの名門の鷹栖よ」

「あ、あの鷹栖だってぇ……!?」


 やばい、わざとらしい感じになっちまったかも知れない。


 しかし沙希はおれに驚かれたことが嬉しかったらしく、ふんすか、と鼻の穴を広げ胸を張った。


 こいつ単純だな……


「わたし、うまいもの」

「へーはいはい」

「ちょっとなによその反応。今年も一番サードの座についてみせるわ!」


 そう、中学時代こいつは一番サードの座を守っていたらしい。


 そして高校でも同じく、一年からレギュラーはってた。


 マジですごいよな……。万年控えだったおれなんか、こいつの奥分の一スケールしかないんじゃないだろうか。


「ちなみに言っておくが、おれも鷹栖だぞ」

「はっ!? マジで言ってるの? あなたが? あの鷹栖に? うっそぉ! そんな学力あったの!?」


 そこか。わざわざ遠い学校を選んだところを聞かれると思ったのに。


「あるんだよ。あるから受かったんだ。間違いじゃないはずだ。多分な」

「どうしてわざわざ遠いところ選んだの? べつに近場でも進学校はあるでしょうに。………………あぁそうか、高校でデビューしたいからか。そっかそっか、ふーん」

「なんだよ。おかしいか」

「べつにおかしいとは思わないわ。せいぜい学校生活楽しむことね」

「お前が学校にいると気まずいんだが」

「気まずいと思ってしまうあなたのメンタルの方が問題ね。ガラスのハートくん?」


 こ、こいつもしかして裏でおれの妹と繋がってる……!? 


 そ、そんなまさか。いやでもありえるか。


「じゃあね。もしかしたら一緒のクラスかもね?」

「……あ、あぁ、そうだな」


 おれは沙希を見送った。


 ぶっちゃけおれと沙希が同じクラスになることはない。だが学園祭とかでかかわることはあった。


 まぁ、おれよりあいつの方が野球うまいから、なんとなく劣等感みたいなモノがあって、話しづらいとは感じていた。


 今回の青春生活において、野球部に入るつもりは毛頭ない。


 帰宅部一択だ。バイトしたいからな。バイトして、お金稼いで、自分磨いて、最高の学校生活を送る。


 おれは決意を胸に、また足を踏み出した。

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