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アルシノエ

作者: 月見里 桜

  『アルシノエ~真珠の少女~』

 紺碧の海がどこまでも広がる。青い空ではカモメがのんきに鳴いている。でも、先日の高波のせいで浜辺には、木材、難破した船など、色々流れ着いている。そこにぽつりと小さなそう、赤ちゃんが入るサイズの真珠貝があった。流れ着いたというより、そこに誰かが置き去りにしたようだ。

 「ふぇぇん」

 とつんざくような元気に泣く女の赤ちゃんがの声がする。周りには誰も居ないが、一人の女性が浜辺を歩い来る。すっと通った鼻筋、絹のような黒髪、白いワンピースを着ている。

 「赤ちゃんの声?どこから…」

 走り出して探し始まる。難破船の木片を退かし、海が広がる。浜辺の中央に置かれた真珠貝。

 「この中…」

 ぎっと音がして金の髪、青い目、白い肌をしたとても美しい赤ちゃんが元気よく泣いていた。

 「この子、右手に何か握ってる?」

 女性はそっと赤ちゃんのにぎっえいる手を開かせる。そこには半分に砕けた真珠があった。

 「もしかして、この子…」

 このエーゲ海に囲まれた島には一つの伝説がある。

 ‘真珠貝には少女が眠る。それは海の女神。陸で育ち、いつか海に帰る’

 そっと真珠貝ごと抱き上げて赤ちゃんの頬に口づける。柔らかく、もっちりとした感触。さらさらと金の髪を掻き分けて、青い目を見つめて微笑む。

 「あなたはアルシノエ。アル(真珠)、シノエ(少女)」

 でも、女性の胸の中では僅かな真っ黒な暗闇、一つの悩みがあった。この子はいずれ海に帰るのか。それまで、一生懸命育てよう。

 「さぁ、アルシノエ。私達の家に帰りましょう」

 女性には逞しい漁師の夫がいたが、子供には恵まれなかった。でも、女性は海の少女、アルシノエを拾った。いつか来る別れにも悩まされるが、喜びが勝った。

「この子は私の子。でも、海の女神の子でもある。必ず、幸せにしてみせるわ」

 赤ちゃんに頬づりした。

 アルシノエはすくすく育った。そして、成長するにつれて誰より美しく育った。

 「私はいつか海に嫁ぐのよ」

 そう言って、一年中、海の近くにいた。陸の少年は幼馴染だ。半分に分かれた真珠を両親以外に見せた唯一の相手だった。陸の少年はアルシノエに恋をしていた。そして、アルシノエが十歳になったある日、アルシノエは一人で浜辺で貝を拾っていた。丸い貝、角の欠けた貝。色々な貝がある。

 ある篠は半分に欠けた真珠を空に掲げる。

 「私にもいるのかな?この半分に欠けた真珠を持った人が。会えるかしら?運命の人に」

 自然と歌が零れた。それは海の女神を讃えた歌。海の生き物を守り育てる母なる海の歌。その内にこころにぽかりと穴が開いたような寂しさが湧き上がる。

 「あれ?あれ?」

 ぽろぽろ、涙が零れた。砂に膝を付き、両手で顔を覆う。まるで、自分の半身が死んでしまったような痛みだ。

 「どうして、涙が流れるの?」

 「それは、君の居場所が陸にはないからだよ」

 「えっ?」

 顔を上げるとすぐ傍に、深い海の青を映したような髪と目をした同じ年の少年が海の上に立っていた。

 「よく来たね。僕は海の王子。君の婚約者だ」

 懐から半分に欠けた真珠を取り出してアルシノエに渡す。

 「もしかして」

 「うん。。合わせてごらん」

 アルシノエは海の王子から手渡された真珠と自分の持っている真珠を合わせる。

 ぱぁぁつと目の前が開ける。まるで、死んだ半身が蘇ったうおうに喜びに溢れる。真珠はぴったりとあう。こくりと頷き、海の王子は一歩踏み出して、そっとアルシノエに額に口づける。

 「アルシノエ。十六歳になったら迎えに来るよ。それまで、待っていて」

 アルシノエは尋ねる。

 「どうし今すぐじゃないの?」

 海の王子は目を伏せる。

 「まだ、時が来ていないからだよ」

 大きな波が押し寄せて海の王子を連れて行ってしまう。

 「待って」

 「時が来たら迎えに来るよ」

 そう言い残して海に戻ってしまった。また、一人になりアルシノエは涙を流す。

 「ああぁ。わぁ」

 大声で泣き叫ぶ。何故、自分は海に行けないのか。半分に欠けた真珠を両手で握り締めて涙ぐむ。

 「待ってる。その時が来るまで」

 「アルシノエ。どうしたんだ?」

 幼馴染の陸の少年が肩に手を置く。

 「陸の少年?」

 涙で視界が滲む。そうだ。私には家族がいる。優しい母と無口な父、可愛い妹。でも、理解してしまう。自分の本当の家族ではないと。ここに私の居場所はない。どうして、まだ時が来ていないのだろう。

 「安心しろ。アルシノエ。俺がいる」

 二歳年上の幼馴染はにっと笑う。海で日焼けした肌が眩しい。心の中で思う。今は静かに時を待とう。

 「陸の少年、ありがとう」

 照れて頬をかく。アルシノエは微笑んだ。だが、アルシノエは幽閉される事になる。陸の少年が海の王子とのやり取りをこっそり見ていて、それを村人に話したのだ。アルシノエの母は村人にアルシノエの出生の秘密を話していなかった。

 海の王子の婚約者という事は海の女神になるという事。かつて、海の女神をこの地は保護したことがあった。村人は大切に育てたが、半分に欠けた真珠を壊したというだけで村は滅ぼされた。その伝説が残っているから村人はアルシノエを山の上の岩の牢獄に投獄したのだ。

 アルシノエの家族は村を出ていった。自分のせいで。アルシノエは自暴自棄になった。だが、最後まで守り抜いた真珠を大切に両手で握り締めて。

 「約束がある」

 と海の王子の言葉を信じて待つ事にした。訪れる陸の少年はご飯を運んでくれる。それがアルシノエにとっての外との繋がりだった。時が満ちたら救われると信じて。

 村人はアルシノエを攻めるために山の頂までやって来る。過去の事を今の事のように攻めてくる。アルシノエの髪を掴み、引っこ抜き、ナイフで切りつけれくる。体のあちらこちらから血が流れる。痛くても涙は流さなかった。海の王子が待ってる。時が満ちるのが今かと、今かと、待っていた。美しかった髪はぼさぼさになり、陶器のような白かった肌はあちらこちらに切り傷ができ、希望に溢れていた目は失望に歪んでいた。

 一年が経ち、また一年が経った。何時まで経っても海の王子は迎えに来ない。

 五年経って、アルシノエは絶望した。体は栄養が足らず、骨と皮ばかりになり、夢を見なくなった。

 「いつ来るの?海の王子」

 陸の少年もご飯を持って来なくなった。村人の目を気にしたためだ。でも、アルシノエの事を忘れたわけではない。海の王子とのやり取りを思い出し、海に通い、よく叫んだ。

 「アルシノエを助けてくれ」

 陸の少年だけは過去の出来事を信じず、アルシノエ自身を見ていた。でも、村人には家族がいる。アルシノエの味方をするのは、自分一人の問題ではなかった。だから、無力にも海の王子に助けを求めた。

アルシノエが牢屋に閉じ込められて六年が経った。乾き、ガサガサした唇を動かしてアルシノエは呟いた。

 「ま、まだ…時が満ちないの?」

 六年経つと村人はアルシノエの事を忘れていった。それは真の孤独を意味する。だれもご飯を持って来なくなった。アルシノエは牢屋の外、手を伸ばせる範囲の雑草を取ってそれを食べた。水は朝露で凌いだ。飢えで死にそうだった。

 「もう、いい…」

 アルシノエが冷たい土の上に倒れた時だった。海の方、村の方角から大きな水柱が立ち上がった。ドンと底から響くような大きな音もした。大地が揺れる。地震が来たのだ。

 「海の王子、時がきたの?」

 村の方から、悲鳴が聞こえてくる。地震の前には人の力は虫以下だ。人の力で作られた牢屋の柵が崩れていく。

 「あ、ああ…」

 アルシノエは六年ぶりに見た太陽の光に声を漏らす。ふらふらと立ち上がり、壁に手をつき外に出る。つんと鼻をつく潮の匂いがする。波の音もする。耳の底にこびりついた懐かしい音。海がアルシノエが閉じ込められていた牢屋のすぐ目の前まで迫っていた。 

 大地は海に沈み、村は海に飲み込まれていた。風が吹くだけで倒れてしまうほどやせ細ったアルシノエ。海に膝をつき、赤ちゃんのように大きな声で泣き叫んだ。暫くはアルシノエの声だけが響いていたが、優し気な声が耳に木霊する。

 「アルシノエ。迎えに来たよ」

 「海の王子」

 「可哀そうに。こんなにやせ細って」

 「村人は?」

 「安心するといい。皆、海の藻屑だよ。でも、陸の少年だけは船で逃がしたよ。ずっと、君を助けてくれと海に来ては僕に訴えていたから」

 「そう、良かった…」 

 ふらりと倒れて、海の王子はアルシノエを抱きかかて海に飛び込む。薄れる意識の中で息が出来るのかと疑問に思った。でも。

「ほら、アルシノエ。帰って来たよ君の故郷である海の中に」

 耳元で囁かれる。それはとても甘い囁き。

 「海の王子」

 「アルシノン。それが僕の名前だよ」

 アルシノエは辿り着いた海の底で、アルシノンに支えられらながら、しっかりと両足で立つ。そして、握り締めていた真珠を手の平に乗せる。

 「ほら、ぴったりと合うだろう」

 アルシノエは自分の真珠とアルシノンの真珠を合わせる。裂け目が消えて一つの丸い真珠になった。

 「お帰り。僕の妻。海の女神。これからは君を一人にしないよ」

 アルシノエの両目から涙が溢れる。でも、水の中だから溢れる度に海に溶けていく。それは陸で流した涙と違い、喜びの涙だった。


 『パンプキンお化け』

 夜の帳が落ちる夜。丸い月が空の天辺に登り地上を照らしている。どこからか不気味な蛙の鳴き声、鳥の羽ばたく羽音が響いてくる。

 「ハロウィン、ハロウィン、ハロ、ウィンウィン」

 と子供の声が聞こえてくる。暗い大地の上に一軒の家が建っている。小さな窓からはほのかな光が漏れている。周りにはかぼちゃ畑が広がっている。小さなかぼちゃ、大きなかぼちゃがごろごろ転がっている。

 ギィッと家の扉が開き、腰が曲がり黒いローブを纏った老婆が出てくる。

 「ヒィヒィ。さぁ、起きなさい。パンプキンお化け達よ」

 すると、かぼちゃの表面にくわっと大きな目ができてうぬうぬと蔦を振り回して動き出す。小さなかぼちゃ、大きなかぼちゃ、大きさに関わらず口と目が出来てうねうね動き出す。老婆が杖を取り出して、ぎゅっと握り締めて、先端が光り出して魔力が集まる。そのまま、魔力を放ち、かぼちゃお化け達を撃つ。

 「ぎゃっー」

 と耳につく叫び声を上げて内側から破裂する。中身が飛び散るが右に左にと避ける。

 「ほい、ほい、ほほいのほい」

 腕を上げ、足を持ち上げて次々に避ける。

 「かぼちゃでクッキーを作りましょう。目を潰して、口を裂きましょう」

 軽快に歌を歌い、かぼちゃのお化けに向かい魔力を放つ。

 「ほーれ、ほーれ」

 小さなかぼちゃは足で踏んでいく。まず、硬い皮の感触がして、次に柔らかい中身の踏む感触がする。地面に靴の後がつく。

 「ギギィ」

 とかぼちゃのお化けが唸り声を上げる。老婆はよいしょと屈む。そして、腰を曲げてお化けになったかぼちゃを一つ、二つ、三つと拾い上げて籠の中に入れる。すると、かぼちゃはポンと音を立てて飛び上がった。

 「ヒィ、ヒィヒ。生きがいいね」

 にやりと笑い杖をついて家に戻っていく。中に入ると暖炉が見えた。鍋を吊るし、ぐつぐつかぼちゃを煮ている。そこに、さっき採ったばかりのかぼちゃを放り込んで煮ていく。

 「さて。子供らが来る前に仕上げるとするかい」

 老婆は鍋を火からあげて、水場でひっくり返す。かぼちゃの皮を剥ぎ、くちゃくちゃとすり潰す。そして、目と口が開いたジャック・オー・ランタンの形に整える。その時、コンコンとドアが叩かれる。

 「今、開けるよ」

 老婆はドアを開けると八人ほどの子供達がそれぞれお化けの仮装をしている。にっこり笑う。

 「トリックオアトリート!」

 「はい、はい。悪戯は勘弁してね」

 お盆に載せたかぼゃのクッキーを杖を振り、ふわりと浮かせて子供達の口にほおり込んでいく。あつあつで。

 「美味しいよ」

 とろける様な声で言う。

 「おばあちゃん、ありがとう」

 子供達が駆け足で去っていく。手を振り和やかに。老婆はほっこりとした気持ちで微笑んだ。子供達の横を通ってハロウィンマン、ハロウィンの日に悪だくみをするお化け達を退治する正義の味方がやって来る。正体はジャック・オー・ランタンだ。白いマントにかぼちゃの目と口をくり抜いた被り物を被った男性。

 家の扉の所に歩いて来て被り物を脱ぐ。すると、鼻筋の通った端正な顔立ちの男性が現れた。

 「バー子」

 男性はにこやかに笑い、老婆のバー子の名前を嬉しそうに呼ぶ。バー子は黒いローブを脱ぐ。すると金髪の美しい女性が現れる。

 「ジャック。いらっしゃい」

 キキッとかぼちゃのお化けが一鳴きする。ジャックはバー子を抱きしめて、頬にキスをする。バー子も抱きしめ返して、同じようにキスをする。

 「今、パーティーの準備をしていたの。かぼちゃがお化けになっちゃたから、対処するにが大変だったわ。それをクッキーにして焼いたの」

 嬉しそうにお盆から一枚のクッキーをジャックの口に運ぶ。さくっと心地いい音がする。ジャックはにっこり笑いながら言う。

 「美味しいよ。バー子」

 「嬉しいわ。さぁ、パーティーの用意をしましょう」

 バー子が杖を振ると家中が輝きだす。まるで天国のようだ。ジャックは扉を開ける。ドラキュラ、フランケンシュタイン、狼男、ミイラ男、魔女が揃って畑の中を歩いて来る。

 「ほら。皆入って」

 中には白いテーブルクロスが引かれてテーブルにワインが入ったグラス、クッキーが乗った皿。

 「お前達、悪さはしていないだろうな?」

 お化け達は互いに顔を見合わせて愛想笑いをする。

 「まったく…」

 「まぁ、まぁ。せっかくのハロウィンなのだから、楽しみましょう」

 バー子の声と共に、客のお化け達とジャックはワイングラスを掲げた。


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