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不吉姫と贄の国

作者: にょん

 石の国と呼ばれるところがあった。


 四方を海に囲まれたこの国には、年に数回、大きな嵐がやってくる。そのため、建物は城も民家も全て、石でできていた。国の採掘場で取れるこの石は、雨に濡れると白い液を垂れ流した。それは弱いながらにも毒であり、土に染みては土壌を枯らし、海に流れては魚を殺した。


 それでもこの国が今日まであり続けていたのは、その石の中に、赤い宝石が混じることがあったからだ。この宝石は大変美しく、他国に高値で売れた。だからこの国は貿易により成り立ち、民たちは裕福に暮らしていた。


 ある時、赤い瞳をもつ王女が生まれた。


 この国では赤い瞳をもつ者は、不吉な存在とされた。赤い瞳は、宝石たちから色を奪った罪人として酷い差別を受ける。


 そして国に不吉なことがあれば、それをおさめるための生贄として採掘場近くにある崖下に放り投げられる。崖下には、底が見えないほど深い大穴が広がっていおり、幾数人の生贄が捧げられたことからその底は贄の国と呼ばれていた。


 王家から赤い瞳をもつ者が出た。彼女が生まれて以来、採掘される宝石は減っていく一方だった。彼女は不吉姫と呼ばれ、家族からも民からも蔑まれ、牢の中で静かに育てられた。


 全く、宝石が取れなくなったのは王女様のせいだ。


 あの、悍ましいほどに美しい瞳を見た?一体いくつの宝石の色を奪って生まれてきたのかしら


 早く贄になって、宝石たちに色を返せばいいのに。


 大人たちのそんな蔑みを聞きながら、不吉姫は育ってきた。それでも彼女が挫けずに生きてこれたのは、彼女の世話係の少年のおかげだった。


 彼は、不吉姫を怖がることなく、ただの友達として彼は接し続けていた。


 不吉姫に名前はなかった。赤い瞳の者に名付けなど不要だったからだ。


 そんな彼女に、少年は名前をつけた。


「ガーネット。君の名前だよ」


「ガーネット……?とても素敵。気に入ったわ。あなたのことはなんと呼べばいいの?」


「僕は、スピネル。母がつけてくれたんだ」


 スピネルの瞳は目が覚めるような青い瞳をしていた。ガーネットは空を見たことがなかったけれど、きっと話に聞く青空というものは、彼のような色なのだと思っていた。


「僕のお母さんも、ガーネットみたいに綺麗な赤い目をしていたんだ」


 スピネルの母は去年、生贄として贄の国に落ちていった。彼が彼女の世話係になったのも、赤い瞳の者から生まれたという差別によるものであった。


 自分の不吉な瞳を誉め、なおかつ人として接してくれるスピネル。ガーネットが恋心を抱くのに、そう時間はかからなかった。


 それから数年の時が経ち、ガーネットは美しい女性に成長した。歳を重ねるごとに、スピネルがどこかよそよそしくなっていくことにガーネットは不安と不満を覚えていた。


 ある日、スピネルに「もう、ここには来れない」と告げられ、ガーネットは酷く取り乱した。


「そんな!どうしてよスピネル……。私のことがついに嫌になったの?」


「いえ、その逆です。僕は、あなたを愛してしまいました。あなたは王女様です。僕のような身分の者がそのような邪心を抱くのも恐れ多いのです。だからどうか。離れていく私をお許しください」


 苦しそうに告げ、その場を去ろうとするスピネルのシャツの裾を、ガーネットは鉄格子の隙間からやっとの思いで掴んだ。


「ああ、どうかいかないでスピネル。あなたは私の青空なの。貴方を失ったら私はどうやっても生きていけないわ」


 スピネルはガーネットの方を振りかえると、そっと優しくその手を退けて、駆けていった。


 去っていくスピネルの背を見て、ガーネットは泣き崩れた。


 そうして数刻の時が経ってから、スピネルは牢の鍵を持って戻ってきた。


「本当のことを言います。貴方は、明晩。贄の国に落とされるのです。やはり私にはそれは耐えられない。ともに逃げましょう」


 牢の鍵を開けて、スピネルはガーネットに手を差し述べた。


 ガーネットは、ゆっくりと立ち上がるとその手を超えて、彼の胸に飛び込んだ。



 不吉姫と世話係が逃げ出した。


 港を閉じ、山を分け、国中は血眼になって二人を探した。


 そしてついに捕らえられ、二人は引き離された。


 王の御前で、ガーネットは懇願した。


「生贄となることに抵抗はございません。ただどうか、スピネルのことは助けてください。彼は私に唆されたにすぎないのです」


 ガーネットはその時、初めて父の顔を見た。優しそうな顔をした王は、立派に蓄えた髭を撫でながら、一つため息をついた。


「よかろう。私はお前の父親だ。一つくらい娘の願い叶えてやろうじゃないか。これから私たちがそのスピネルに何かすることはしない」


「……お父様。ありがとうござます」


 王の慈悲深さに、ガーネットは大粒の涙を流し、深く深く頭を下げた。



 曇天の空の下、崖の底から吹き上げる風は、ガーネットのドレスは裾をぱたぱたとはためかせていた。


 騎士たちに押されて、ガーネットは崖の淵まで歩みを進めた。彼女には死への恐怖も生への渇望もなかった。


ーどうかスピネル。幸せになって


 彼女はそっと後ろを振り返った。少し離れた場所に父の姿を見つけ、彼女は再び頭を下げた。


「お父様。スピネルのことありがとうございました。私役目を果たしてこれますわ」


 王は、「ああ」と、返事をするとくっくと低い声で笑った。それに合わせるように周りの騎士たちも大笑いをし出した。深い谷底に男たちの笑い声が反響して不気味に響いた。


「あの男なら、先に崖の下で待ってるよ」


「え……?」


「捕らえたその日に、贄の国へと放り投げてやったさ」


 王の言葉にガーネットの頭は真っ白になった。


「どうして?!私の願いを叶えてくださると言ったじゃないですか!」


「だから言ったろ。【これから】は手出ししないと。まぁ、崖下にある死体に今から何かしようはないのだがな。お前たちは愛し合っているのだろ?せいぜい死んだ後に崖下の贄の国で一緒になれば良いではないか。父は喜んでお前の嫁入りを見届けよう。さぁ、早く飛びなさい」


 ガーネットは暴れた。死なんて怖くない。崖に飛び込むのだって平気だった。ただ悪逆非道の父親に一矢報いてやりたくて、力の限り抵抗した。しかしそれで何かが変わるわけもなく、騎士たちによって軽々と彼女の体は崖へと放り投げられた。


 ふわりと体が宙に投げ出され、崖上から歓声が上がる。どんどん遠くなる空を眺めながら、ガーネットは笑った。


ースピネル。今そっちに行くからね


 しかし彼女の体が地面に叩きつけられることはなかった。それどころか、彼女の体は何度も何度も空中に跳ね上がり、3回ほどそれを繰り返した後に、網に絡められた状態で、ぼんやり空を眺めていた。


 何がなんだかわからず、呆然としていると


「ガーネット!!」


 と、彼女を呼ぶ声がした。


 ガーネットが声のした眼下を見ると、網の下にはスピネルがいた。


 スピネルは網をよじ登り、彼女のもとへ駆けつけると、ぎゅっと彼女を抱きしめた。


「ああ、スピネル。ここが天国なのね」

 

 ガーネットがスピネルを抱きしめ返そうとすると、彼は彼女の肩を持って、嬉しそうに首を振った。


「天国なものか。ここはまだ現世だよ。ガーネット」


 ※


 崖の下にはかつて、酸の土壌と淀んだ水が流れていた。この地の石たちは長い何月をかけ、この地の毒を吸い上げていった。その過程で赤い結晶ができることもあった。


 すっかり美しくなった崖下には肥沃な土と美しい清水を流す川が残った。そんな崖下に、ある日。赤い瞳をもった人間が落ちてきた。それは幾度となく繰り返された。


 ある日。要因がなんだったのかは今となっては分からない。風にうまく乗ったのか、よく茂った植物の上に落ちたのか。落ちてくる人間の中に、命を取り留めるものがいた。


 その者は植物を編んで網を張り、次の人間が落ちてくるのを待った。それを繰り返し、崖の下には赤い瞳を持つ者で構成された小さな集落ができていった。



「そうしてできたのが、この崖下の国なんだ。贄の国なんてなかったんだよガーネット。俺の母親も生きていたんだよ。この国で」


「貴方のお母様が?……」


「ああ、早く君を紹介したい。そしたら俺の妻になってほしい」


「もちろん。もちろんよ!」

 

 ガーネットは思いっきりスピネルに抱きついた。


 二人で網の上で転がって、大きな声で笑った。


 見上げた空の雲がはれ、日光が崖下へと静かに差し込んだ。それは、ガーネットが初めて見る青空だった。やはりスピネルの瞳のように真っ青で、彼女は嬉しくなった。


 崖下の国でガーネットとスピネルは結婚式を挙げた。誰からも祝福され、彼女を不吉姫と呼ぶ者は誰もいなかった。


 スピネルの母親も共に暮らし、二人は幸せな家庭を築いた。


 不思議なことに、ガーネットが落ちて来たその日から、赤い瞳の者が崖下の国にやってくることは無くなった。


 ※


 ある時、彼らの子孫に当たる者が、冒険心で崖を上りはじめた。何度も何度も諦めず、試行錯誤を繰り返して崖に上がった時、そこには朽ちた石たちだけが残されていた。


 子孫たちは知る由もない。かつて崖の上にも国があったことを。


 そしてその国は宝石の採掘で栄えたことを。


 限られた宝石をとりつくし、貿易相手に見向きもされなくなった国は滅びてしまったことを。


 彼らは知らない。この花々が咲き乱れる野原に転がる石たちが、かつては崖の下の毒を吸い上げていたことを。


 毒を外へと排出し終わり、豊かな土壌となった地が、赤い瞳の彼らによって美しく栄えた国になるのは、もう少し先の話である。




おしまい。


 

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