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異世界移動は人間だけじゃないのです!

海洋の魔女が転生したら、水族館の花形イルカ!〜元セイレーンは飼育員に恋をする〜

作者: 葉月いつ日







 軽い波、差し込む太陽の光、キラキラと乱反射を繰り返す水面。固唾を飲んで見守る満員の客。


 そう広くもないプールの中をめいいっぱい使って勢いをつけるアタシ。スピードがマックスに到達した瞬間、一気に水中深く潜る。そして、底すれすれで全身反らして上昇。


 全身の筋肉全てを使い、尾びれで水を蹴り続ける。迫る水面。その先にある標的。それに標準を定め、最後の力を振り絞る。



 ――――クッ……



 全身がきしむ。尾びれが千切れそう。


 視界がぼやける。息がしづらい。


 意識が持っていかれそうだ。


 けど……そんなことは言ってられない。こんなところでしくじるわけにはいかない!



 ――――やってやるんだからっ!!!



 薄れゆく意識に喝を入れると、途端に視界が蘇る。全身に生気が溢れ、尾びれの先まで神経が行き渡る。


 その瞬間、鼻先が水面を捉えた。



 ――――よしっ!!!



 全ての力を尾びれに集中。ひとかき入れて尾びれの付け根までを水面にあげ、そして最後のひとかきはフルパワー。


 水面を強く蹴り上げ空中に飛び出し、標的……くす玉を目指し、アタシは一直線に舞い上がっていくのだった。



 キュッピーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「おぉ〜〜〜いっ、皆んなぁ! ご飯だよ〜〜〜っ!」


 観客のいなくなったショーの会場。片付けられたステージの上から飼育員の勇太くんが声をあげた。その後ろにも数人の、どうでもいい飼育員の姿がある。


 全員が両手に大きなバケツを持っている。



 キュイキュイキュイッ!

 キュイーーーンッ!

 キャアッ! キャアッ! キャアッ!



 待ってましたと言わんばかりに鳴き声を上げ、アタシ以外のイルカが一目散にステージに向かっていった。その数八頭。


 ――――全く、卑しいったらありゃしない。


 そこまで広いプールじゃないだけに、アイツらは直ぐにステージにたどり着く。プールの端で上半身を水面に上げるもの。ステージに乗り上がるもの。


 お目当てのイワシを求める姿が俗物的だ。実に美しくない。





 アタシの名前は、マリ・ハラスラー・スン。元セイレーン。今はマリンと呼ばれてる。



 ひょんな事で命を落とし、気づいたら近くの浜辺に打ち上げられていた。そこでこの水族館の飼育員、河中勇太かわなかゆうたくんに発見されて保護された。


 以来、勇太くんがアタシの担当飼育員に。いわゆる命の恩人だ。



「おぉーーーいっ! マリンちゃーーーんっ! こっちこっちぃ! ご飯だよーーーっ!!!」

 キュイッ! キュイッ! キュイッ!

(はいはい。そんな大声出さなくったって聞こえてるって)



 イワシにがっつく他のイルカを横目に、ゆっくりとプールの端に。丸呑みにする食べ方に嘆息しながら目的の場所へ。


 そこはステージの端にある、ステージとプール繋ぐなだらかな斜面。その水際で、バケツを持った勇太くんが待っている。



「おっ、来たねぇ。後から水族館にやって来たのに、マリンちゃんはお姉さんだねぇ。皆んなに先にご飯を食べさせるなんて、えらいえらい」

 キャイキャイッ! キュイッ! キャイッ!

(違うからっ! アイツらみたいにがっつくのがみっともないだけだからっ!)



 仮にも”海洋の魔女”と呼ばれたセイレーン(魚型の方ね)のアタシ。あんな味わいもしない、ただ丸呑みするだけの輩と一緒に食事など願い下げ。


 私はただ落ち着いて、勇太くんのそばで優雅にイワシを味わいたいだけ。そんな乙女心を分かって欲しい。



 ゆったりと泳ぎながら水面に顔を出し、勇太くん目掛け移動。斜面にお腹を付け、動きをとめる。そして、口を開く。


 すると勇太くんは左手のバケツを置き、右手のバケツからイワシを取り上げ投げよこす。パクっとキャッチ。そして、ひと噛み。


 口の中に広がるイワシの生臭さ。食欲をそそる。


 ねっとりと飛び出す内蔵。舌に絡みつく濃厚さがたまらない。


 飲み込む際に、小骨が喉を刺激する爽快さは各別だった。


 こんな美味いものを丸呑みなんて、正気の沙汰とは思えない。


 再び口を開くと、勇太くんは直ぐにイワシを放り投げてくる。それを口に収め、バリバリと咀嚼。思えばセイレーンのころは、こんなに楽に食事にありつけたことはない。



 あの頃は人間を食うのも一苦労だった。船をおびき寄せ、大きな渦を起こして転覆させる。こうして溺れた人間を食らい付くして生きてきた。


 ただ、そう簡単に船はやってこない。まるまる一ヶ月も食事にありつけないこともザラにあった。


 そんな時は、鳥型のセイレーンが羨ましかった。ひとっ飛びで人間を食らいに行ってたし。


 それに比べれば今は天国。イルカになっていたのは心外だったけど、口を開けば愛しの勇太くんがイワシを放り投げてくるこの状況。



 ――――もう、あの頃には戻りたくない。ってか、戻れないけど。



 ただ、今はこうして優雅に食事を堪能してるんだけど。実はこの水族館はちょっと前に閉園の危機があった。





 遡ること半年前。ちょうどアタシが保護された頃だった。


 五十年続いたこの水族館は老朽化が酷く、加えて隣の県にオープンした大型水族館のおかげで閑古鳥が鳴くほどに。


 経営難のために施設の修繕もままならず、集客の見込みもない。このままでは後一ヶ月も持たないだろうと言われてた頃、勇太くんがアタシを見つけたのだ。


 最初はわけが分からなかった。人間(勇太くん)を食らおうとしても、上手く身体を動かすことも出来なかった。かなり弱っていたために、勇太くんはアタシに付きっきりで介抱してくれた。


 その中で、アタシがイルカになっていることを知り驚愕。よくよく考えたら、船を転覆させた時にマストの先端に頭をぶつけたことを思い出した。


 実に間抜けな最後だった。今思い出しても、すこぶる恥ずかしい。ただ、その後に不思議な体験をした気がする。


 意識が遠のき、全身がフワフワと浮上。身体がポカポカとし、視界は真っ白になったその時だった。どこからか優しい声が聞こえてきたのだ。



『生きなさい……生きるのです』



 そして、アタシの意識はぷつりと途切れた。



 そこから先はさっきも言ったとおり、アタシは勇太くんに助けられて介抱された。それはもう、目が覚めると必ず隣りにいてくれるほどで。


 ――――こんなにも、アタシのことを思ってくれるなんて。



 ただ、その時に始めてイワシの美味しさも知ったっけ。



『良かった、だいぶん元気になったみたいだね。はい、お食事。食べれる?』

 キュイッキュイッキュイッ……キャキャキャッ……キャイッ! キュイッキャイッ!

(はぁ…… イワシかぁ……こんなの食べなきゃなんないのかなぁ……って、うまっ!!!  イワシうまっ!  何これなにこれ訳わかんないっ!  イワシってこんなに美味かったのっ!)


『ふふっ、気に入ってくれたようだね。はい、もう一匹どうぞ』

 キュイキュイッ! キュイ……キュイ! キャキャキャキヤイッキャイ ! キュキュキュキュキュイッ』

(何これ、イワシ!? メッチャ美味いんですけど! 居たわぁ……島の周りにいっぱい居たわぁ。何万匹も群れでいて、うっとおしくって追っ払ってたわぁ。ヤッバ! イワシってこんなに美味しいなんて知らなかった! 人生の半分損してたわぁ)



 あまりの美味しさに思わず悶絶。床をころげ回ってしまい、プールに落ちてしまうという黒歴史を作ってしまった。


 元の場所に戻ってイワシを堪能している時、勇太くんとおっさん(館長)が話しているのが聞こえてきた。



『あっさて、銀行員が視察に来るようになっているんだ。しかし、このままでは融資は難しいかもしれない』

『困りましたね。大型水族館のオープンでお客さんは全く来ないし、行政からの耐震工事にも応じられないし』


『何か……何か目玉になるようなことがあればいいんだが……』

『そうですね、他に負けない目玉でもあれば……』


 その時の勇太くんの悲しい顔が、アタシの心に火をつけた。


 ――――何とか……アタシに出来ることは……



 そこでふと、思いつく。今のアタシは単なるイルカ。でも、元は海洋の魔女と恐れられたセイレーン。



 ――”魔女の呪い”を起こせれば……あるいは。



 そう思ったアタシは再びプールの中へ。不思議そうに眺める勇太くんとおっさん前で泳ぎ始めた。


 ”魔女の呪い”とは、言葉だけ聞くと恐ろしいものと思われる。実際これで、船を何百艘も転覆させた。


 アタシが元住んでいた海峡に誘い込んだ船の下に渦を発生させるもので。海上から見れば突然発生する渦は呪いのように感じるだろう。


 だけど、本当は現実的なもので重労働。


 実は、海の中では何十人ものセイレーンが船の下を勢いよく回って渦を発生させていたのだ。


 その中でもアタシは一番の泳ぎ手。”呪いのファーストクイーン”と呼ばれてた。


 それに今じゃ面影はないけど、あの頃のアタシはセイレーン族ではかなりの大柄で。しかも、筋肉ムキムキ腹筋バキバキ。


 とても勇太くんには見せられないし、見せられないことにホッとしてる。



 とは言え今はイルカなアタシ。身体もあの頃の半分くらい。しかも病み上がり。


 筋肉量も少なければ尾びれの長さも圧倒的に短い。それでも泳ぎ方は覚えている。”呪いのファーストクイーンは伊達じゃないところを見せてやる!


 こうしてあの頃の記憶を頼りにプールの中をめいいっぱい使って泳ぎ、そして思いっきりジャンプをしてみせた。



『見ましたか、館長。ひょっとしてこの子なら、マリンちゃんならウチの危機を救ってくれるかも知れません』

『そうだな……賭けてみるか、この子に。頼む、我々のためにジャンプをしてくれないか?』



 おっさんの頼みなど聞く気はない。でも、勇太くんがそこまで言うならやってあげないこともない……かな?





 こうして始まったショーは滞りなく進み、クライマックスでアタシは宙を舞ったのだった。


 それはただのジャンプでは無かった。天井に吊るされたくす玉とやらの距離は、未だにどのイルカでも到達出来ていない距離らしい。


 それを聞かされたときは冗談じゃないと思った。おっさんの残り少ない髪の毛を、全部むしり取ってやりたかった。


 ただ、勇太くんのアタシを見る眼差しが、期待のこもった思いがアタシのやる気を引き起こしてくれたのだ。



 それから本番までアタシたちは特訓に勤しんだ。皆んなが寝静まった後、アタシはひとりで昔の感覚を取り戻そうと泳ぎまくった。


 こうして本番を迎え、アタシは大トリでジャンプをしたのだ。




 結果どうなったかと言えば、失敗だった。


 いや、くす玉を開くことには成功した。だけど、アタシ的には失敗……と言うか、美しくなかったってことで。


 あの時、勢いよく飛び出したアタシは一気にくす玉に迫った。本来なら下に垂れている紐を咥えて降下すれば良かったらしい。


 だけどアタシの勢いが強かったせいか、その紐を越えて頭からくす玉にぶつかってしまったのだ。”呪いのファーストクイーン”の力、こんな形で仇あだになるとは。


 とは言え観客には大ウケ。視察に来ていた銀行員にも印象が良かったみたいで、無事に融資とやらを受ける事が出来たようだ。





 あれから半年。



 施設は改装され、水族館はリニューアルオープンを迎えた。新しくなったステージでは今まさに、ショーが開催されている。


 トドやアシカの媚びた芸。人間を背に泳ぐ堕ちたシャチ。少しはまともに見れるのは、アタシよりも先に居たイルカの連携くらいなもので。



「さぁ、お待ちかね! 大トリを務めるのは花形イルカのマリンちゃん! 世界一高い場所にあるくす玉を見事に割ることが出来るのかっ!? 皆さん、一緒に見守りましょう!」



 勇太くんのアナウンスで始まるショーの大トリ。アタシの出番。水中にいても、人間の歓声が伝わってくる。悪い気はしない。だけど、元が食料なだけに、いまいち気分は上がらない。


 ただ、あのくす玉を割れば勇太くんが喜んでくれる。そう思うだけでテンションは爆上がり。


 そしてアタシは水中で勢いをつけ、天井に吊るされたくす玉を目掛け、一直線に宙を舞うのだった。




 キュッピーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!

(勇太くん、愛してるぅーーーーっ!!!)




 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜おしまい。











最後まで読んでいただき有難うございます。作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。

ブクマ頂けたら……最高です。

【大魔神イフリートは転生先で、もはや神。】

【大怪獣クラーケンは、転生した世界を胃袋から支配しようとしているようです。】

と合わせてお楽しみ下さい

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