表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

あれ? なんか違う

大昔のお話。


 あれは、私がまだ社会人になったばかりのことだった。

 あるサイトの同い年のサークルに入っていた。

 毎晩のようにチャットで、あーだこーだとくだらない話をしていたが、盛り上がってきてオフ会をしようとなった。

 オーナー(女性)のたっての希望で、東銀座のイタリアンで夕食を食べることになった。

土日休みのメンバーが多かったので、事前予約をしてある土曜日に集まることとなった。

人数はたしか7,8名だったと記憶している。


 当日。土曜も仕事だった私は、仕事を終え、一路東銀座に向かった。

 地下鉄の駅を上がり、無意識のうちに歌舞伎座の一幕見席入口に吸い寄せられた私は、ハッとし、慌ててバッグから地図を出して、店へと向かった。

 

予定時刻より、ギリギリで店に到着したところ、ほかのメンバーたちは店の外にいた。

 予約時間いならないと店内に入れてもらえないとのことだった。

他のグループの人たちも、私たちと同じようで、店の前を所在なさげにうろついていた。


 誰だかよくはわからないが、有名シェフの店で、予約がすぐにいっぱいなるくらいの人気店だけどこじんまりしていて雰囲気がいいという、サークルオーナー(仮にA子としておく)のふれこみ通り、こじんまりした店だった。


 暴露すると、こんな冴えない狭い店で5000円もする料理を食うのは納得できなかった。

もっと良い店がたくさんあるのに残念でならなかった。

 それでも、目的は飯を食うことではないので、率直な感想は心にしまっていた。


 時間になり、私たちは店内に入った。

 予想通りの狭っ苦しい冴えない店だったが、A子は大はしゃぎで「いいお店でしょう」と自慢そうに言っていた。

 他のメンバーはどう思っていたのかは分からないが、5000円もするイタリアンなど食したことがないメンバーがほとんどだったと思う。


 安っぽいテーブルクロスのうえに料理がおかれた。

 予想通り、可もなく不可もない料理だったが、他のメンバーは舌鼓をうっていた。


 私の味覚がイカレているのだろうか?

そんな恐怖に憑りつかれながら、私は黙々と食事を続ける。

 つい1時間くらい前まで、私は仕事をしていた。

 当時、土曜は昼ごはんもままならないほど忙しかった。

 お腹が空いていた。とにかく食えれば何でもよかった。


 突然、店内の照明が落ちた。

 私は停電かと驚いた。

 しかし違った。

 店の人間の仕業だった。

 テーブルの上にはキャンドルやランプという洒落たものなど置いていない。窓から都会の街灯の光が差し込んでくるだけで、手元はほとんど見えなかった。


「ハッピバースデートゥーユー」

 店の奥から歌声がきこえてきた。

 暗闇の中に、金色にきらめく蝋燭がぶっ刺さったケーキが浮いているように見えた。


 ケーキは歌いながら、ゆっくりと進む。

 店内唯一の光に、全ての客が注目する。

 暗闇に目が慣れた私は、ケーキの行く先を気にしながらも、食事を続行した。

 くどいようだが、腹が減っていたのだ。

しかし、暗闇での食事は困難を極め、味を楽しむというよりは、摂取するという感覚だった。


 ケーキは私の横を通り過ぎ、他の席へと向かっていた。

そして、壁際にいる女性の前で止まった。

 女性は口許に手を当て、「うそー」と嬉しそうに、うっとりと目をキラキラさせていた。

 残念ながら、彼女の向かいに座っている男性の顔は見えなかった。


 歌が終わると、男性が「〇〇。お誕生日おめでとう」といった。

燭の光に照らされた女性の瞳がユラユラと揺れる。

そして、蝋燭に息を吹きかける。

蝋燭の火が消え、店内は再び闇に包まれた。

 頼りにしていた明かりが消え、私の手元も闇に包まれた。

 店内の客が一斉に拍手をし、口々に「おめでとう」といった。

 照明がついた。

女性は真っ赤になりながら、とても嬉しそうだった。

 私もうれしかった。

なぜならば、これでまともに食事ができるようになったからだ。

 私は再び黙々と食べ始めた。


「すてきー」

 A子がうっとりしながら言った。

「A子さん。ああいうの、好きなの?」

 メンバーの男性の一人がA子に尋ねた。

「あこがれるぅ」

 A子は身悶えながら言った。

「へぇ~。女の子って、ああいうのが好きなんだ」

「うん」

「素敵」

「好き」

「ないないない」

 私は思いっきり首を横にブンブンとふり、固まった。


 もしかして、私だけなのか?


 辺りを見まわすと、女性陣は、みんなうっとりとしている。


 無いでしょ?

良く考えてみてよ。

店内の全ての客にガン見されるんだよ?

しかも、名前まで大声で歌われちゃうんだよ?

見ず知らずの他人に、名前まで知られてしまうんだよ。

しかも強制的にだよ。

個人情報だだ漏れ。

なんの罰ゲームかよ、って思いませんかね?


 私はそう主張したが、誰にも聞こえていないようだった。

うっとりとしている女性たちを、微笑ましげに眺めている男性たち。


 

 めちゃくちゃアウェイだった。

その後、私はそのサークルからフェードアウトした。



 ちなみに後日職場で件の話をした。

「ないわー」

「無理だわー」

「ファミレスで目撃して凍りついたヨ」

 私の居場所は、ここだと痛感した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ