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第7話 俺、嫌われちゃったかなぁ

「文都に、ひどい事言っちゃった……」


 帰宅して早々、お風呂に入って湯船に浸かる。

 文都から貰った入浴剤が、お湯の色を淡いピンクに染め、甘い匂いを漂わせた。


 今日は、教科書(恋愛漫画)を読む気にもなれない。


「俺の事、吸血鬼だってバレないようにしてくれてたのに……。心配して、待っててくれたのに……」


 涙がポタポタと落ちて、湯船に波紋が出来る。


 俺、嫌われちゃったかなぁ。




「あ〜あるよねぇ。血が吸いたくて仕方なくなっちゃう時期」


 お風呂から出た俺に、話を聞いた姉が、そう言った。


 ゆるくカールした、ハチミツのような色の髪。髪と同じ色の目尻の下がった目、特徴的な間延びした口調。


「成人前の17〜19歳くらいになるんだよねぇ。病気じゃないから大丈夫だけど……」


 リビングテーブルを挟んで、俺の向かい側に座った姉が、俺を心配するように話を続ける。


「運命的な血の人間って、ただでさえいい匂いするらしいから、文都くんの近くにいたら辛いよねぇ」

「……」


 つまり、俺は吸血鬼特有の、血を欲する時期に入ったせいで、文都に近付くと血を欲しがってしまうって事?


「俺、文都以外の血は吸いたくならないけど。ドナーから提供される血も、いつもより多く欲しいとか思わないし」


 現代を生きる吸血鬼が、人から直接、血を吸う事は珍しい。もちろん、血を吸う為に、人を襲う事なんてない。

 俺は、合意の元で、文都の血を直接吸うけど、責任が伴うし、信頼関係が必要だから、ほとんどの吸血鬼は、有志のドナーから提供される血を頼りにしている。


「そうなんだぁ。その時期は、ドナーの血を欲しがる吸血鬼が多いみたいだけど、亜蘭くんは違うんだねぇ。まぁ、美味しい血の味知ってたら、本能的にそっち吸いたくなるよねぇ」


 そういうもん?


「しかも、文都と触れ合うと、酔ったみたいになるっていうか……。意識が遠くなって、自分を抑えられなくて」

「へえ〜そんな風になる程いい匂いがするって、相性がよっぽどいいのかも〜」


 文都が家に来た時、家族に挨拶してくれたから、俺と文都の仲は家族公認。

 家族も、文都の事を気に入っている。


「吸血鬼と人間が付き合う事は、それほど珍しくないけど、そういう人と出会って結ばれるって奇跡だよねぇ」


 姉が、テーブルに頬杖をつき、柔らかな笑みを浮かべた。


「うん……」


 普段なら素直に喜べるのに、今は複雑。


「その時期ってどれくらいなの? 3日とか、1週間くらい?」

「吸血鬼によって違うけど、2、3ヶ月くらいかなぁ」

「なっ!?」


 無理無理! そんな長い期間、文都と触れられないなんて、俺の方が死ぬ!


「何かないの? 欲を抑える薬とか」

「今の所ないよぉ。病気じゃないし〜。大抵の吸血鬼は、そこまで困らないから〜」

「……」

「まあ、私達って、ドナーから提供される血にほとんど頼ってるから、それを沢山消費するもどうかと思うし、今後はそういう薬も開発されるといいよねぇ。ほら〜医療用の血液在庫が不足してるのに、ただでさえ私たちってちょっと不謹慎に思われるじゃない? いや、私たちも飲まないといられないから飲むんだけどぉ」


 姉はこんな風でも一応、吸血鬼協会の日本支部で理事をしている。


 吸血鬼も、人間と同じく、栄養のほとんどを普通の食事から摂取するから、血を吸う必要なんてないように思われる事がある。

 でも、そんな事はない。

 普通の食事をしようとも、吸血鬼が血を糧にしている事は変わらない。結局、いつの時代も、吸血鬼は本能的に、血を求めている。


「そんな……俺、一体どうしたら……」

「落ち込まないで〜! ちゃんと治るから〜!」


 治る前に文都不足で死ぬ。


「あ、そういえば亜蘭くん、文都くんからホワイトデー、キャラメル生チョコマカロン貰ったんだよねぇ?」


 この世の終わりのように絶望する俺を気遣って、姉が違う話題を振る。


「ホワイトデーのお返しの意味って知ってる?」

「……何それ」

「キャラメルは、あなたといると安心する。チョコは、あなたと同じ気持ちです。マカロンは、あなたは特別な人なんだって! 文都くんってロマンチックだねぇ」

「……」

「え」


 涙腺が緩んで、涙が溢れる。


「あっ亜蘭くん!? 大丈夫!? 泣かないで〜! 励まそうとしたのに〜。逆効果だった〜!?」

「文都は、そんな風に思ってくれてたのに、俺はひどい事を……」

「ああ〜……。文都くんには、ちゃんと事情話して、誤解がないようにした方がいいかもねぇ」


 それが出来たら苦労しないんだけどな。

 だって、言えるわけない。

 恋人の血を吸いたくて仕方ないなんて……。




 第7.5話 一生俺にだけワガママ言っててほしい


 いや〜〜〜〜〜大変な事になった。


「ホワイトデー翌日、ご友人の前で、俺の服を脱がせるほどに血を欲している先輩を見て、やっぱり先輩は吸血鬼だったんだと安心したのも束の間……」

「どうしたの? 甲斐くん。突然、あらすじを語り出すように話し始めて」


 ハキハキと独り言をいう俺に、理人が気味の悪いものを見る目を向ける。


「服脱がされて安心するって、どんな変態? そっちの世界線にツッコミは存在してる?」

「先輩が、俺の側にいられないって言ったきり、まともに会話もできないまま春休みに突入」

「俺の問いかけは無視?」


 教室まで会いに行ったり、近くで姿を見かけて近付くと、何故か気配を察知したように避けられて……。


「何か事情があるみたいだった」

「ショック過ぎて、精神が壊れちゃったのかな?」

 

 先輩、その事情、俺には察しが付いています。


「天国から接近禁止命令が下されたんですね……?」

「キターお得意の妄想ー。本当、甲斐くんって見た目がいいだけの勘違い野郎なんだよなぁ。でも人って、妄想で生きられる所あるから、下手に刺激しない方がいいのかも」


 俺は真剣に考えているのに。


「甲斐文都さん、メレンゲは持ち上げた時にテロンとなるくらいが目安ですよ」

「あ、はい」


 今日は、先輩が涎を垂らすくらいに食べたがっていたキャラメル生チョコマカロンを、再び差し上げる為に、理人と一緒に、鬼ちゃんさんの部屋にお邪魔している。


 テロンとトロンて似てるよな。

 この間の先輩、目がトロンとしてウルウルで可愛かったな。甘ったるい話し方で、文都のじゃないと満足できないとか、俺の妄想が現実になってしまった。

 服を脱がす仕草が色っぽくて、先輩のご友人が居たから冷静さを保てたけど……。

 あと、ワガママ言う先輩が可愛すぎて、一生俺にだけワガママ言っててほしい。


「もういっそ、やだとダメだけで会話して欲しい」

「甲斐くん……?」


 それにしても、先輩、何でご自分の事殴ったり、叩いたりしたんだろう……。

 何か俺が触れた後に……ハッ。


 察知のいい俺、名推理を発動。


「まさか、天国の関係者に操られて!? 接近禁止命令を破って、先輩と俺が触れると、先輩が自傷行為に及ぶように!?」


 な、なんて卑劣な……。


「妄想の時間は終わりだよ、甲斐くん」




 テロンの頃合いを見て、ハンドミキサーを持ち上げる。


「あっバカ!」

「え?」


 オンにしたままのハンドミキサーが、ボウルの中のものをぶちまけた。


「……」

「甲斐文都さん、持ち上げる時は、オフにしないとそうなりますよ」

「すみません……」


 先輩の事が気になって、お菓子作りに集中できない。


「先輩の事が気になって、お菓子作りに集中できないとでも思ってるんだろうけど、いつも通りだからね? 甲斐くん」


 エプロン姿の音春君が、お茶を乗せたお盆を持ちながら声をかける。


「サーセン。休憩しませんか? お茶入れたんで」


 音春君が、この短期間で躾けられている……。


「へ〜オラオラじゃなくて、普通に話せるようになったんだ?」

「こら理人! せっかく本人が更生しようとしてるのに、周りが揶揄ったら可哀想だろ!」

「本人の目の前で、それを言うのもどうかと思うけど」


 音春君の持つお盆から、理人と鬼ちゃんさんがお茶を受け取った。


「音春君って気が利くんだね。ありが……」


 二人に続いて、お茶を受け取ろうとした俺の手が空を切る。

 音春君が湯呑みを持ち、俺の顔にお茶をかけた。


「ワリィ……手が滑ったわ」


 アッツ。


 鬼ちゃんさんが、電源を入れたハンドミキサーを音春君に向ける。


「俺のお気に入りの甲斐文都さんに、君は今、何をしましたか?」

「ああああああ」


 キュイーンと嫌な音を立てて、ハンドミキサーが音春君の目に近付いていく。


「悪い子ですね」

「ちょっと鬼ちゃんさん!? 俺は、大丈夫ですから!」


 わあ! ハンドミキサーって立派な武器!


「すみません。厳しく躾けているつもりなのですが」

「大丈夫です。手が滑ったって謝ってくれましたし」

「ああ、はい。器用に滑りましたね。後でお仕置きしておきます」


 やめてあげて。


「あ、そうだ。音春君なら分かるかな?」


 鬼ちゃんさんから渡されたタオルで、顔を拭きながら、音春君に声をかける。


「俺の恋人の、可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い吸血鬼の先輩が、突然会ってくれなくなっちゃって」

「可愛いが多くない?」


 これでも足りないくらいだけど?


「吸血鬼の視点から、思い当たる事とか教えてもらえないかな?」


 天国からの命令じゃないなら、何なんだろう?


「浮気とか?」


 音春君が眉間に皺を寄せて、俺に言う。


「恋人のいる吸血鬼が最も嫌がるのは、浮気だからな」

「……」


 理人と鬼ちゃんさんが、意味深な視線を俺に向けた。


「違う! してない!」

「甲斐くん……付き合い始めてまだ間もないのに、それはまずいよ」

「する訳ないだろ!」

「甲斐文都さん。俺は移り気な君も好きですよ」

「してませんって!」


 二人とも分かってて揶揄ってるよね?


「やっぱり、天国からの接近禁止命令としか考えられない……」

「天国?」

「甲斐くんには、先輩が天使に見えてるらしくて」

「それはまたユニークな」

「吸血鬼が天使に見えるとかヤバいっすね」


 先輩は、一人で大きな敵に立ち向かっているのに、何も出来ない自分が憎い……。


「理人、先輩にキャラメル生チョコマカロンを届けたら、伝えてほしい」

「あ、俺が先輩に持って行くんだ?」

「俺が先輩を、絶対守ってみせますって」


 先輩を天国に連れて行かせたりしない!


「接近禁止命令くらいでは、俺と先輩の仲は引き裂けない!」

「熱〜。別にいいけど、ピュアな先輩が、吸血鬼じゃなくて天使が良かったのか?とか言い出しそうだから、冗談は程々にしなよ」


 俺は冗談なんて言ってないけど?


「ていうか、俺の事、そんなに信用して大丈夫なの?」

「え? どういう意味?」


 理人が深いため息を吐く。


「甲斐くんって、危機感薄いんだよな〜……」

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