第50話 悲劇じゃなくて喜劇
いい雰囲気に水を差すように、着信音が鳴り響く。それに気づき、スマホを手に取ったお兄さんが、
「希惟?」と言った。
「電話折り返すのおせーよ。大変な事になってたんだからな? 亜蘭くんが……」
ん? 兄からの電話? 俺が誘拐されそうになったと知ったら、過剰な反応を示されるに決まってる。しかも抵抗できなかったことを知ったら、吸血鬼の力が弱まっていることも知られて? 薬のこともバレて? 文都とイチャイチャできなくなる!?
一瞬の内に、俺の頭の中で思考回路が組み立てられていく。
「お兄さん!!」
「え?」
慌てて縋り付くと、お兄さんはスマホを耳から離し少し戸惑った顔を向けた。
「どうしたの?」
「兄……いや、俺の家族にはどうか内密に!」
お兄さんが困惑した表情を浮かべる。
「先輩!? 何言ってるんですか!? まさか、ご家族に心配をかけないようにそう言ってるんですか? 先輩は天国に連れていか……」
「声がでかい!!」
俺を嗜める文都の口をふさぐ。
「お兄さん、俺は大丈夫です。誘拐だなんてそんな、ただ少し強引に誘われただけで……」
小声でお兄さんにそう言うと、理人が、
「今にも泣き出しそうな顔してたのに?」と毒を吐いた。
「先輩を助ける過程で、俺は怪我までしてるのに?」
「あ〜……そうだったな! 後でちゃんと癒してやるから一回お前は黙ってろ!」
そうこう言っている間に、スマホから兄のうるさい問いかけが聞こえている。
やばいやばいやばい! 一体どうしたらいい!? 進化したなんて嘘(しかも文都のせいで天使に進化したことになってるし)家族に聞かれたら……。
「亜蘭くん、心配かけたくないのは分かるけど……」
「し」
「し?」
俺は頭を抱え、その場にしゃがみ込み、自分の胸の内を吐き出した。
「家族に知られたら、俺は死ぬ!」
恥ずかしさのあまり。
お兄さんの手からスマホが滑り落ち、床で鈍い音を立てた。
「亜蘭くん」
俺を呼んだお兄さんの声が震えている。俺は、叱責される事を覚悟して顔を上げた。
ここまでか。俺と文都のイチャイチャライフも。
「殺されるの?」
「え?」
お兄さんが言った意味を理解できず、聞き返す。
殺される? 俺が?
「家族に知られたら、天国の使者に殺されるの!?」
なぜ。
「いや、あの」
「なんて辛いことになってるんだ! 脅されてるんだね!?」
「文都、お前お兄さんにどういう話を」
「どうして先輩一人がこんな思いを……!」
文都は、悔しさと悲しさが入り混じったような顔で拳を握りしめた。
お前もか。
何だこれ。どうなってるんだ? 文都とお兄さんの中で、どうしてこんなに深刻なことになってるんだ?
「音春? お前は分かるだろ? これがそれほど深刻なことじゃないって」
「亜蘭くん、健気すぎるっす。大丈夫っす。天国の使者が来たら、オレが一人残らずぶっ殺しますから」
そう言った音春の目から一筋の涙が流れた。
おい。まともな奴はいないのか?
「先輩は俺が命をかけて守ります」
文都がそう言って俺を抱きしめる。
「亜蘭くんが天使に進化したばっかりに、こんな悲劇が訪れるなんて!」
泣き崩れるお兄さんに冷たい視線を向けながら、理人は、
「悲劇じゃなくて喜劇だよ」と言った。




