第48話 もう全部、猫
「「亜蘭くーん!!」」
お兄さんの部屋のドアを開けた途端、俺が来るのを待ち侘びていたように、お兄さんと音春が抱きついてきた。
「ウワーン! 心配したよー!」
「誘拐されそうになったって、マジっすか!?」
まさか、こんなに心配されていたなんて……。
「大丈夫!? 何もされてない? 天国の使者に乱暴されてない!?」
「天国の使者に会ったら、オレがぶっ殺します!」
目を潤ませる文都のお兄さんと、眉間に皺を寄せて怒りを露わにする音春。
大袈裟な反応に動揺が隠せない。
「大丈夫。文都と理人が来てくれたし、俺は何ともないから……」
それにしても、何でお兄さんと音春まで、あいつのこと天国の使者ってあだ名で呼んでるんだ? 会った事ないよな……?
「文都から、亜蘭くんと連絡が取れないって聞いて、まさかと思ったけど、無事でいてくれてよかったよ」
「え? じゃあ、それであの鬼電……」
文都に何かあった訳じゃなかったんだ。
「亜蘭くんの居場所がすぐ分かって、本当よかったっすね」
音春にそう言われたことで、忘れていた疑問が再び顔を出す。
そういえば……。
「何で俺があそこにいる事分かったの?」
偶然にしては出来すぎてるような。
「俺は、理人に言われるまま走っていきました」
文都の発言によって、理人に一斉に視線が注がれる。
「俺、お前に行き先言ってないよな? 理人」
「……先輩、その服着替えないの? 可愛すぎて目のやり場に困るな〜」
「話逸らそうとしてないか?」
顔を近づけると、理人は俺から目を逸らした。
怪しい……。
「俺も初めて行った場所なのに、何でお前、俺があそこにいるって分かったの?」
「近い近い。先輩? そんなに顔近づけるとチューしちゃうよ?」
「答えろ」
「……」
みんなからの無言の圧に耐えかねて、観念したように理人が口を開く。
「俺、実は」
「実は?」
「天使の居場所が分かるんだよね」
は?
「マジかよ!?」
音春が驚愕の声を上げる。
「だから亜蘭くんのいる場所分かったの!?」
お兄さん……?
あれ? 何でお兄さんまで、俺が天使に進化したと思ってるんだ?
「お前は知って……いや、それはいい。何で俺の居場所が分かったんだ? 正直に吐け」
「匂いで」
俺に問い詰められた理人は、平然とそう言った。
「匂い」
「天使に進化した先輩の匂いをたどって」
犬か。
お前、ついに本物の犬になったのか?
「つまりそれって、亜蘭くんがどこにいても分かるって事っすか!?」
「音春……?」
え。理由はともかく、そうなの?
「う、羨ましすぎる……! カフェでお茶してる亜蘭くんや、ショップで服買ってる亜蘭くんに偶然を装って会えるって事っすよね!?」
ここでそれ言ってる時点で、もう偶然性を感じないだろ。
「匂い?」
文都が、俺の耳元でそう聞いた。
「天使の匂いって? このお花みたいな匂いの事? 先輩が天使になる前と変わらないけど……」
「へあっ!?」
俺を後ろから抱きしめながら、首筋に顔を埋める文都。
「あ、文都!?」
「先輩、動かないで。もう少し確かめさせて。俺も先輩の居場所が分かるようになりたいから」
「えっ!?」
そそそ、それって、そんなに俺のことが好きってこと!?
「おい! ずるいぞ! オレだって亜蘭くんの匂いくんかくんかした……ウッ!」
「ま、俺のおかげで先輩が無事だったんだから細かい事は気にしないで。それより俺、怪我してるんだけど。先輩〜早く手当して〜死んじゃう」
俺に近づこうとする音春を制止して、理人はそう言った。
「理人の怪我は、俺が手当するよ」
「甲斐くん?」
「先輩は着替えないと」
「あ……」
これ、そんな見苦しかったんだ……。
「え〜着替えなくていいじゃん。せっかく先輩がかわいい格好してるんだから。何でかは知らないけど」
「そうそう、かわいい格好してると思った! 亜蘭くん女の子みたい! いや、女の子よりかわいいよ〜!」
「オレも思いました! めちゃめちゃかわいいです!」
「無理」
文都は、普段見せない冷たい顔でそう言った。
「無理だから」
文都の言葉が、深く胸に突き刺さる。
まるで、俺自身が拒絶されているように感じてしまう。
「甲斐くん、何でそんなに……」
「……ぐすっ」
シン……と部屋が小さく呟いた気がした。
「……うっ」
「先輩!!? なっ泣いて!?」
「どうしたの!? 亜蘭くん!? くぉらぁテメー文都! 亜蘭くんをよくも泣かせやがっ……」
「俺は、文都に振り向いてほしくて……っ」
情け無い事は分かっているのに、つい本音をこぼしてしまう。涙が目から溢れるのを止められない。
「え?」
「文都が、学校の中庭で家に来る? って女の子口説いたり、ハーレム作って、お気に入りの子の写真見せて、楽しく話したりしてるから……」
「……」
「文都は女の子とっかえひっかえして、純粋な恋心を弄ぶような変態で、女グセが悪くて、クズなチャラい系男子だけど、俺はそれでも文都の事が好きだし……」
「……」
「だから、自分に足りない可愛さを少しでも補ったら、文都が俺だけを見てくれるかなって……」
「……」
「それで、こんな格好……。でもやっぱり、気持ち悪いよな……」
「……」
沈黙が重くのしかかり、気まずい空気が流れた。
「俺、帰る。ごめん、気分悪くさせて……」
「先輩、どういう事か詳しく説明してもらってもいいですか?」
文都は、引き留めるように俺の肩に手を置いて言った。その瞳に、困惑の色が浮かんでいる。
え、何その汗。引き攣った笑顔。
「テメーコラァ! お前が説明するべきはこっちじゃゴラァ! またお前は浮気してんのか! この変態! スケベ! カス!」
「ウッ」
お兄さんが、文都をヘッドロックする。
「お前、亜蘭くんという恋人がいながら! 許せねえ! 大事な所握りつぶして二度とそういう事出来ないように!」
「違っ……」
音春が、文都に向けて拳を鳴らす。
「あ〜あ、甲斐くん浮気バレちゃったね〜。先輩弄ばれてかわいそ〜」
「理人、お前は知ってるだろ! 先輩! 違うんです! あれは……」
あれは?
「あれは、猫です!」
猫。
「猫なんです!!」
猫。
「もう全部、猫です!!!」
文都の悲痛な叫び声が、この場に響き渡った。




