第46話 先輩をいじめる悪い奴
「文都?」
何でここに?
Sionから庇うように、文都が俺を強く抱き締めた。顔を胸に押し当てられて、俺の大好きな匂いを感じる。
「先輩は連れて行かせない」
「へ!?」
文都の怒りを帯びた表情に、心臓が激しい音を立て始めた。
か、かっこいい……!
「君、亜蘭くんの恋人だっけ? ただの人間の」
「ゴルァテメー文都を見下してんじゃねー……」
「はい。それが何か? 俺はただの人間ですが、先輩の恋人です」
恋人を侮辱されて食ってかかろうとすると、文都はSionに向かってハキハキとそう答えた。
は……? 無理。かっこいい。
俺の恋人だと張り合う文都、好き!
「邪魔だなぁ」
そう呟いたSionの瞳が、深みのある青に変わっていく。危険をはらんでいるようなその色に、嫌な予感が心をざわつかせた。
「君も、さっきの子と同じようにしてあげようか」
こいつ、文都まで自分の言いなりにする気か!?
「文都!」
文都に危険を知らせようとした瞬間、俺達の間に黒い影が割って入った。
Sionの顔面を目掛けて、弾丸のように拳が叩き込まれる。
「え……?」
殴りつけられた顔を押さえながら、Sionが顔を醜く歪めた。
「先輩をいじめる悪い奴って、お前?」
髪を掻き上げながら、理人は脅すように言った。そのこめかみに青筋が浮かんでいる。
「理人!?」
お前まで、何でここに!?
「先輩をいじめていいのは俺だけなんだよ」
「理人……」
いや、ちょっと待て。
俺がいつ、いじめていいって言った?
「チッ……」
Sionの顔に、理人に殴られた痕は確認できない。それが再生能力の高さを示している。
「先輩、今の見ましたか?」
さすが文都、あいつが吸血鬼だって気付いたみたいだな。
天国の使者とか言ってたから、何言ってるんだこいつってずっと思ってたけど……。
「天国の人も、先輩と同じように傷が治るんですね。あの人も吸血鬼から天国の人に進化したんですか?」
「文都……?」
謎の解釈をした文都が、俺の腰を抱く腕に力を込める。離れることを許さないみたいに。
「甲斐くん、そうやって先輩のこと捕まえてて。誰にも連れて行かせないように」
そう言って、Sionの胸ぐらを掴み、拳を向ける理人。その目が、爛々と光って見えた。
「再生能力が追いつかないくらい、殴ってやろうか? もう死んだ方がマシって思えるくらい、痛い思いさせてやるよ」
いや、こいつ、めちゃめちゃキレてるじゃん。
「ま、待て。待て待て待て。理人? 俺、大丈夫だから……」
ヤバくないか?
こいつ、一応吸血鬼ハンターだし。
本物の吸血鬼殺しになる前に、止めた方がいいんじゃ……。
「落ち着け理人、俺はただ車に乗せられそうに……」
「理人!」
俺を抱きしめたまま、文都が理人を呼び止めた。
さすが文都!
交渉がどうとか言ってたし、平和的に解決する気なんだな?
「甲斐くん、また甘い事言い出すつもりなら……」
「俺が殴る」
普段は温厚な文都の一言に、耳を疑う俺。
「文都……?」
「俺の恋人の、つまり俺の先輩が攫われそうになったんだぞ? ぶん殴らないと気が済まない」
いや、交渉はどうした。
平和的解決するんじゃないのか。
文都は、氷も溶かしてしまいそうな温かい笑顔で、制服の上着を脱いで俺の肩に掛けた。
「先輩、一発ぶん殴ってくるので、俺の後ろにいて下さいね。絶対遠くに行かないでください」
お前が読んでた交渉術の本に、拳で解決しろって書いてあったの?
「面倒だな」
Sionがそう呟いて、理人を睨みつける。
その瞬間、振り上げられた腕がピタリと止まって、その場に縫い止められてしまったみたいに理人の体が硬直した。
「理人!」
抵抗できない理人の顔面に、Sionの拳が当たる。
「せっかく亜蘭くんが手に入ると思ったのに……」
衝撃でよろけた理人の口の端に、痛々しく血が滲んだ。
「理人! 血が……」
ふと、春休みに図書館で読んだ、吸血鬼の本のことが頭をよぎった。
空想上の生き物として扱われてる上、嘘ばかり書かれていた本に、一つ本当の事が書いてあった。
魔眼で幻術をかける?
稀にいるな。そういう奴。
俺は確か、その本を読んで、そう思ったはずだ。
向井の時と同じ……。
こいつ、幻術が使えるのか?
「痛そうだね。可哀想に。人間は傷が治るのに時間がかかるから」
そう言って、Sionは理人を挑発するように笑った。
「クソ野郎……」
「亜蘭くん、デートのお誘いはまた改めてするよ」
そう言ってSionが車に乗り込むと、ドアが閉まるのを見計らって、車は急発進した。
「おい! 待て!」
耳障りな音を立てながら、Sionの乗った車は、あっという間にその場から姿を消した。
嫌な捨て台詞を吐いて笑った、Sionの顔が苦い後味のように頭に残った。




