第45話 ナイトは一人だけじゃない
「今日は、隣のカフェに打ち合わせで来ていたんだけど、ヘアサロンの方が賑やかだから気になって。まさか亜蘭くんと会えるなんて、ラッキーだな」
うわ〜……最近よく会うな。
俺、今お前の相手してる暇ないんだけど。
ていうか、肩を掴むな。
「スイーツ王子Sionさん!? 亜蘭、知り合いなの?」
向井がSionを見て、驚きの声を上げた。
ヘアサロンのスタッフは、Sionを見て頬を赤らめている。
「いや、知り合いっていうか……」
「今日は、可愛い格好してるね」
Sionがワンピースの肩紐を指にかけた。
「女の子みたいに華奢だな」
肩から二の腕を撫でられ、耳元で囁かれて、全身に鳥肌が立つ。
「ヒッ」
「高校三年生なら、もっとゴツゴツしてても良さそうなのに」
背中に体が密着して、背後から探るように、Sionの手が俺の胸辺りに触れた。
「本当に男の子?」
「おい! ベタベタ触るな!」
「Sionさん!? 亜蘭にセクハラしないでください!」
向井が慌てた様子で、Sionを咎める。
「つるぺたでも、胸は胸です!」
「お前は黙ってろ!」
「本当に付いてる? 下も触っていい?」
「いい訳ないだろ!」
うあー! 変態しかいない!
「亜蘭くん、俺とデートしよう?」
「は!?」
こいつ、いきなり何言ってるんだ!?
「店の前に、車を待たせてあるから」
Sionが、俺の腰に手を回して、出入り口に誘導する。
「離せ! 俺にそんな暇は……」
文都に何かあったかもしれないのに!
握られた手首に力が込められて、鈍い痛みが走った。
吸血鬼の力が弱まっている俺に、抵抗する力はない。
クソッ! 薬飲んでるせいで……。
「Sionさん! 亜蘭を離してください!」
向井がSionの肩を掴んで引き止める。
「亜蘭が嫌がってます」
「そう見える?」
Sionの冷たい視線が、向井を捉えた。
めちゃめちゃ嫌がってるから離せ。
「大丈夫。そのうち文句も言わなくなる。亜蘭くんは、俺の言う通りに何でもしてくれる、素直でいい子になるよ」
「は……?」
何だ、こいつ。
こんな気持ち悪い奴だったか?
鳥肌が……。
「離さないなら、警察を呼びますよ」
「はは。亜蘭くんのナイトは一人だけじゃないみたいだね」
Sionの瞳が、青みがかったグレーから、鮮やかなブルーに変わっていく。
「え? お前、瞳の色が……」
ブルーサファイアのような深みのある青。
きれいだけど、冷たくて、少し怖い。
Sionに見つめられていた向井が、床に膝をついた。何かされたようには思えないのに、苦しそうに胸を押さえて。
「ウッ……」
「向井!?」
何だ!? どうした!?
Sionに何かされたのか!?
助けを求めようと周りを見るも、ヘアサロンのスタッフも、向井の使用人も様子がおかしい。目の前の事で起きている事が、まるで見えていないみたいに、ぼうっとしている。
何が起こってるんだ?
「おい! お前、何をした!」
「別に、邪魔されないようにするだけだよ」
Sionが向井の顎に触れて、顔を引き上げた。
視線の定まらない、うつろな表情。
意識が途切れてしまったみたいな、ぼんやりとした向井の様子に、何かヤバいことが起きていることを俺は直感した。
「少しの間、ここでじっとしていてね」
Sionがお願いするように言うと、向井は黙って頷いた。
「みんなも、邪魔しちゃダメだよ?」
俺を除いて、ここにいる全員がSionの意思に同調しているみたいだ。言われるまま、Sionに従っている。
おかしい。何が起きてる!?
ていうかこれ、ヤバいんじゃないか!?
「じゃあ行こうか。俺の天使様」
「離せ! お前、一体何を……」
店から連れ出されると、路肩に黒い車が停車しているのが見えた。
前に理人から見せられた、子供向けの不審者対応のページに、こういうイラストがあったのを思い出す。
あれ? これって……誘拐!?
「ちょっと待て! お前、何が目的だ!?」
自分の置かれている状況を理解した途端、焦りが襲ってきた。
Sionが車のドアを開き、俺の心中を全く解さない顔で、柔らかく微笑む。
その瞳は、青みがかったグレーに戻っていた。
「復讐、かな」
ヤバいって……俺、何されるんだ!?
文都……!
祈るように、目をギュッと閉じた瞬間、俺の体は、車から遠ざかるように引き寄せられた。
この世で一番、俺を安心させる匂いが俺をやさしく包み込む。
「離せ」
目がチカチカした。
Sionの腕を掴んで、鋭い視線を向ける文都が、格好良すぎて。




