第44話 心から良かれと思って
「亜蘭、ショックだよね……」
「……」
あいつ、俺以外とめちゃめちゃスキンシップしてるじゃん……!
「でも、これで甲斐くんが、女グセが悪くてクズなチャラい系男子だって分かっただろ?」
分かったけど、想像以上にヤバすぎる。
「いや、よく見たら女子だけじゃなくて、男子もいるぞ?」
ガタイが良くて、ゴリゴリの体育会系みたいな。
「男も女も来るもの拒まずか……。さすが甲斐くん」
「そんな見境なく!?」
マジか文都。一年一緒にいるのに、そんな奴だと全然気付かなかった。
何で俺という恋人がいるのに浮気するんだ?
俺に何かが足りないから?
「行こう。亜蘭の元気が出るように、寄り道して帰ろうか」
「う、うん……」
「気に入ったものがあったら言って」
女性物の服が並ぶセレクトショップで、向井はそう言った。
側に、年配の男が控えている。
使用人……?
「綜一お坊ちゃまに、こんな可愛らしいご友人がいたとは。爺は嬉しいですぞ」
爺。
何故か突然、向井が遠い存在に感じる。
こいつ、裕福な家庭なんだっけ? 学校からの移動も高級車だったし。
「昨日、今日で向井のイメージが変わりすぎて戸惑うんだけど」
「え? そう?」
でも、何だろう……誰かと被る気が……。
「お金は俺が出すから、気にしないで選んで」
さてはこいつ、兄と同じタイプだな?
あ〜……向井の事、嫌いになりそう。
「少しの間、甲斐くんの事は忘れて……」
向井の言葉を遮るように、俺のスマホが着信を告げた。
「あ。文都からだ」
俺が何も言わずに先に帰っちゃったから。
お昼も約束無視しちゃったし……。
「出なくていいよ」
「え?」
向井が俺の手を掴んで、文都からの電話に出る事を阻止する。
「あんなの見せられたばかりなのに、電話に出る必要ない」
「いや、でも……」
向井が首を振る。
引き止められているうち、スマホは静かになった。
あ、電話切れちゃった……。
「甲斐くんとは、少し距離を置いた方がいいんじゃないかな? しばらく電話に出なければ、反省すると思うし」
そうかな? 本当に?
「亜蘭。俺といても、甲斐くんが気になる?」
「え?」
俺の冴えない顔を気にしてか、向井が肩を落とす。
「亜蘭を元気付けたいと思ったんだけど、失敗だったかな……」
「いや、そんな事……」
俺の為にしてくれてるのに、俺って薄情だな。
向井の言う通り、少しの間、他の事で気を紛らわせて、頭冷やすのもいいかもしれない。
服を手に取って眺める。
ワンピース、スカート、フリフリの襟が付いたブラウス……。
「……」
いや、女物しかないけど。
「お前、姉か妹いたっけ?」
向井の姉妹へ渡す服を選んで欲しいのか?
俺の元気が出るようにとか言ってなかった?
「俺には弟しかいないよ?」
「じゃあ俺は、誰の服を選ばされてるんだ?」
「もちろん、亜蘭のだけど」
向井は、邪気のない笑顔で言った。
「事情があって男の子のフリをしてる亜蘭も、本当は可愛い格好したいだろうなと思って。可愛い服を着れば、元気が出るだろうから」
こいつ、心から良かれと思って言ってやがる。
「おい。反論するのも馬鹿らしくて言わなかったけど、俺は……」
悪気のない心遣いでプライドを傷付けられ、向井に言い返そうとした瞬間、俺の脳裏に仮説が舞い降りた。
俺と対局にある存在、か弱くて、儚くて、可愛い服を着た女の子。
男らしくて、強くて、格好いい俺に足りないもの、これなのでは?
文都、猫とか可愛いもの好きだし。
いつまで経っても文都の浮気癖が直らない理由は、俺に可愛げが足りないからなんだな!?
「亜蘭の好みじゃなかった? 似合いそうなもの沢山あるけど。このキャミワンピースとかどうかな?」
向井が、マキシ丈の白いワンピースを手に取る。
「き、着てみようかな……?」
「! 着てみて! 絶対似合うよ!」
似合うかどうかはともかく、それで文都が俺だけを見てくれるなら……。
「わ〜! 素敵です〜!」
「まるで天使が地上に舞い降りたみたいです〜!」
ヘアサロンのスタッフ達が、俺に拍手を送る。
まさか場所を移して、ヘアメイクまでされるとは……。
「白くて透明感のあるお肌とパッチリお目目を活かして、繊細で儚げな印象に仕上げました。ベージュのマスカラに、アイグリッターで目元をキラキラさせて、淡いカラーのチークで、じゅわっとした血色感を出し、リップグロスで唇をうるうる艶々、ちゅるちゅるリップに!」
なんて?
「こんな楽しいお仕事は初めてです!」
鏡に、いつもとは違う自分の姿が映る。
華奢な肩紐に、バックスタイルのレースアップ、胸下で切り替えが入り、くるぶし丈の裾がふんわりと広がるワンピースを着た自分が。
肩と背中がスースーする。
「変じゃない?」
体を捻って、向井に意見を求める。
「すごく似合ってるよ。こんなに可愛いのに、自信ないの?」
「まあな」
だって俺、男だし。
「もしかして、気にしてる?」
「ん? 何を?」
向井の視線が、俺の目を外れて、少し下の方に移った。
「大丈夫。俺は、亜蘭がつるぺたでも気にしないし。むしろ、その方が好き」
「あ〜……お前の事、どんどん嫌いになってくわ」
王子様みたいな顔して、そういう事言うな。あと顔を赤らめるな。
「亜蘭、可愛いよ」
「うん。分かったから、あんまり近寄らないで」
痛い事してる自分が恥ずかしいけど、これで文都が好きな(?)か弱くて、儚くて、可愛いイメージに……?
文都、気に入ってくれるかな? 早く文都に会いたい。さっき電話出れなかったし……。
「え!?」
俺は、自分のスマホを見て愕然とした。
しばらくの間、放置していた俺のスマホに、不在着信がズラッと並んでいる。
着替えてヘアメイクしてる間に何が!?
文都だけじゃなくて、理人や音春、文都のお兄さんからも着信が!
何かあったのか!?
「亜蘭、ここカフェが併設されてて、スイーツ王子Sionさんが監修したスイーツメニューがあるんだけど、この後一緒に……」
「俺、もう帰らないと!」
文都に何かあったのかも!
急ぐ俺の肩を、誰かが背後から掴んで引き止めた。
聞いたことのある声が、俺の耳をくすぐる。
「そんな事言わないで。せっかく、また会えたんだから」
「え? お前……」
これが何度目か分からない、突然の出会いに不快感を覚える。
Sionが、俺に向けて微笑んだ。




