第42話 一途で爽やかなワンコ系男子
あり得ない。初体験を覚えてないなんて……。
週明けの月曜日、俺は自分の行いが招いた不幸を嘆いていた。
黒板に向かって、数式の解き方を説明する先生の声を聞きながら、物思いにふける。
最近、秘密を抱えすぎてる。
特に文都に対して。
文都といると、血が欲しくなる事。
それを抑える為に、薬を飲んでいる事。
誤魔化す為に、嘘をついた事。
初体験を覚えてない事。
秘密が増えていく度に、自分の首を絞めているような気がするし……。
上手くいかないな。
俺は、普通の恋愛がしたいだけなのに。
「亜蘭!」
「ん?」
向井が俺に向かって、小声で呼びかける。
何かを知らせるように、前の方を指差している。
何だ? 前見ろって?
俺の上に影が落ちた。
「日ノ岡君は最近、授業に集中出来ていないみたいだね」
「いえ……」
先生が俺に向かって、にっこりと微笑み、罰を告げるように言った。
「放課後、補習しようか」
「俺に付き合わなくて良かったのに」
放課後の教室を後にして、隣を歩く向井に話しかける。
「分からないところがあったから、丁度いいと思って」
傾いた日が廊下に差し込んで、向井の整った横顔を照らした。
俺を気遣って補習受けた訳じゃないのか。なら良かった。
「亜蘭、また甲斐くんのことで悩んでるんじゃない?」
「えっ!?」
な、なんでそれを?
俺、また顔に出てた!?
「受験生で大事な時期なのに、勉強にも集中できていないみたいだから。言おうかどうか迷ったけど、亜蘭の事を思って言わせてもらう」
「な、何……?」
「甲斐くんは、やめておいた方がいいよ」
向井は、はっきりとそう言った。
それが正解だと分かっているみたいな顔で。
「は?」
思わず眉間に皺を寄せる。
「甲斐くん、高校入学する前、女の子とっかえひっかえしてたみたいだから」
とっ……!?
向井の爆弾発言に、反論を失う俺。
「亜蘭の事も遊びなんじゃないかって……」
「う、嘘だ! そんな訳ない!」
だって、血を好きなだけ吸わせてくれるって誓ってくれたし、会いたいって言えば、俺がどこにいても、必ず行きますって言ってくれたし。
確かに文都は、周りをすぐ誘惑するし、そのせいで俺は気苦労が絶えないけど……。
「……」
やけに慣れてるなって思う事も何度かあったな……。
胸の内にモヤモヤが渦巻く。
俺、自分が初恋だから、てっきり文都もそうだと思って、文都の過去の恋愛とか、気にした事なかったな。
「甲斐くんは、一途で爽やかなワンコ系男子の皮を被った、女グセが悪くてクズなチャラい系男子なんだ!」
「言い過ぎだろ! 俺は信じてないからな! 訂正しろ!」
「何も知らないピュアな亜蘭を弄んで楽しんでるんだ!」
「悪かったな! 恋愛経験なくて!」
「俺は亜蘭に幸せになって欲しくて……。最近、様子がおかしくて心配だから」
俺、様子がおかしいって思われてたのか。
言えよ。
「何か抱えてるみたいだけど、話してくれないし。この前も……。傷がすぐに治ったように見えたけど、あれは何だったの?」
「あ、あれは……」
向井が、俺の両手を掴んだ。
友達の初めて見る真剣な表情にドキッとする。
「亜蘭、秘密を抱えてるんだろ?」
「え……?」
吸血鬼だと気付かれた!?
「亜蘭の力になりたい。亜蘭の事が、放っておけないんだ」
「向井……?」
いつもと様子が違うような……。
「ダメだ……。ずっと亜蘭への思いを胸に隠してきたけど、やっぱり我慢できない」
「え?」
あれ? これって、何か……。
教科書(恋愛漫画)で見た事あるぞ?
「俺、亜蘭の事……」
この雰囲気、告白!?
「ちょっ……待っ……」
俺、文都以外に1ミリも興味ないけど!?
「亜蘭の事、か弱い女の子にしか見えなくて!」
予想と違った。
「は?」
「去年の文化祭で、女子の制服を着た、猫耳メイドの亜蘭を見てから、そうとしか思えなくて……」
俺のクラスの男子全員がその格好をして、地獄と化した、あの文化祭の事?
「同じ空間で着替えるのもハラハラするし、体育の時とか、ぶつかって怪我しないか心配で……。悩んでため息を吐いてると、消えてしまいそうなくらい儚く見えるし、何より……」
何より?
「女子の制服を着た、猫耳メイドの亜蘭が、もう一度見たくて仕方ない」
こいつこそが、爽やかの皮を被った変態。
「猫耳メイドの亜蘭に、おかえりなさいとか言われたい! 萌え萌えきゅんとか言われたい!」
さよなら、真面目で爽やかな向井。
俺の周りには変態しかいないのか?
「朝、亜蘭を見る度に思うんだ。どうして亜蘭の制服はスカートじゃないんだ? って」
俺が男だからだよ。
「亜蘭、本当は女の子なんだよな? 何か事情があって秘密にしてるんだろ?」
違うわボケ。
「甲斐くんと付き合ってるって聞いた時は、亜蘭が幸せならと思っていたけど、最近の亜蘭は苦しそうだし……」
俺は、勝手に墓穴掘って苦しんでるだけだけど!?
「亜蘭! まさか、女の子だって秘密を甲斐くんに知られて、無理やり付き合わされている訳じゃないよな!?」
違う。
もう全てが違う。
ダメだこいつ。




