第41話 俺の記憶を返して
「お前、あの時の……」
俺にクソマズいもの(文都の作った犬用ご飯)食わせやがった吸血鬼!
「あ……あ……」
「ん? 文都?」
吸血鬼を見て、文都がワナワナと震えている。
「先輩を天国に連れて行く気なら許しませんよ!? 天国の使者さん!!」
全員で打ち合わせしたかのように、静まり返る試食会場。
「甲斐文都さん……?」
「この方が、天使に進化した先輩に意地悪を……」
「ウワァーッ!!」
「亜蘭……?」
ふいに爆弾落とすなお前ー!
さっきまで真面目にサスティナブルがどうのとか言ってただろ!
「文都、黙れ。今は目の前の事に集中しろ」
「でっでも……」
「俺の言う事を聞け」
こいつをぶん殴る事は後ででもできる。
文都が納得のいかない表情で、口を結ぶ。
「お知り合いですか?」
鬼ケ原伊織が俺と文都に問いかけた。
「いや、たまたま会っただけだから……」
「こちらは、趣味で年間1000件を超えるスイーツをSNSで発信し、現在は雑誌での連載、スイーツメニューの監修などもされている、スイーツ王子こと、Sionさんです」
スイーツ王子て。
「お前、スイーツ大好きおじさんだったのか……」
「おじさんって……。せめてお兄さんって呼んでくれないかな? 亜蘭くんのお兄さんと同級生だよ? 高校も同じだったんだ。希惟は俺の事、覚えてないみたいだけど」
「今日は社長からの希望で、特別ゲストとしてお招きしたのです」
文都に徹底的に恥をかかせるつもりだったんだな?
「高校生が作ったスイーツと聞いて楽しみにしていたけど、君の事だったとは。若い才能って素晴らしいね」
「ぜひ、味のご感想を」
鬼ケ原伊織にすすめられて、スイーツ大好きおじさんがケーキを口に含む。
「これは……濃厚なガナッシュとなめらかな舌触りのチョコムース、爽やかなオレンジムースが手と手を取り合ってダンスをしているようだ。舞踏会の余韻を楽しむようにキャラメルソースとカカオハスクが花を添えている。サスティナブルダンスパーティーだね!」
酒飲んでから来たのか?
「社長、審査員の方々からはご好評のようですが、いかが致しますか?」
眉に皺を寄せて、渋い顔をする兄。
それを祈るように見つめる文都。
「一旦保留にする。味の安定性を図りたい」
「それって……」
「社長も認めて下さっているって事ですよ。甲斐文都さん」
「!」
「よかったですね」
鬼ケ原伊織が文都に向かってウインクをした。
「ありがとうございます!!」
「まだ認めた訳じゃない。調子に乗るなよ? 俺は亜蘭の前で、公平で寛大な兄の姿を見せただけだ」
公平で寛大な兄って誰?
試食会が終わり、文都が俺の所に駆け寄って来た。
「先輩! よかったですね!」
「よかったのか?」
「俺は希惟さんに認められて嬉しいです!」
「認めた訳じゃないって言ってたけど……」
しかも、お前だけの手柄じゃないし。
「甲斐文都さん、お疲れ様でした」
「鬼ちゃんさん! 鬼ちゃんさんが進行で助かりました! 秘書の仕事って色々なんですね」
そんな訳ないだろ。
こいつが異常なんだよ。
「そうなんです。最近はハッカーのような仕事もしているんですよ」
そうなんですじゃねーわ。
スイーツ作って、動画編集して、ハッキング? お前、一体何者なんだよ?
「そんな事より、鬼ケ原伊織! スイーツ特訓の時、文都に何かしてないだろうな?」
腕を組んで指を叩く。
「ふふ、どうでしょう」
「含みを持たせるのはやめろ!」
「先輩、落ち着いて……」
落ち着いていられるか!
「お疲れ様。君とは縁があるね。甲斐文都くん」
先程まで、兄や他の審査員と談笑していたSionが、文都に話しかけた。
「天国の使者さん……」
「天国?」
だからその話はやめろ〜……。
何だ天使の使者って……。
「二人は、Sionさんとお知り合いだったのですね」
「知り合いって言うか……」
「これから仲良くする所なんだ。亜蘭くん、今度おすすめのスイーツを紹介するよ。学校帰りに迎えに行くから……」
「ダメです!」
俺をSionから離すように、文都が俺を引き寄せた。
「先輩を誘わないで下さい!」
「え? 文都?」
「先輩! 絶対行っちゃダメですからね!?」
え? 何それ、まさか……やきもち!?
熱くなった顔を隠しながら、文都から目を逸らす。
うわー……嬉しい……。
独り占めしたいほど、俺のこと好きなの?
「文都、俺、そんなに心配されなくても、絶対浮気とかしないから……」
「先輩を連れて行くなら、俺を連れて行ってください!」
ちょっと待て。
「何でそうなる」
「先輩を守る為です」
こいつが何を考えているのか、全く分からない。
「文都、それってどういう意味……ハッ」
そういえば文都、年上好きだったな?
まさか、狙ってるのか? こいつを?
俺の前で堂々と!?
「お前、ちょっとこっち来い!!」
「え!? 先輩!?」
文都の腕を引いて、レストランを後にする。
そんな事させてたまるか!
「先輩! どこまで行くんですか? 先輩!」
早足で歩き続けて数分。
ショーウィンドウの並ぶ通りで、電池が切れたように立ち止まる。
「突然どうしたんですか?」
「何で他の奴の事、気にしたりするんだ!? 確かにあいつは、顔もいいし、背も俺より高いし、それに年上だけど……」
「鬼ちゃんさんの事ですか?」
鬼ケ原伊織だけじゃなくて、ご近所さんとか、スイーツ大好きおじさんとか……。
「俺はいつも先輩の事だけを見てますよ」
「……」
「信じられませんか?」
文都に上向きの視線を送る。
「信じてないって顔に書いてありますよ。先輩って、顔に出ますよね?」
「そんな事ない」
文都が、俺の髪を愛おしそうに撫でる。
「昨日はあんなにご機嫌だったのに……」
「昨日?」
「全部あげるって言いながら、派手にぶち撒けて、ベッドの上でご機嫌で腰振ったり、痛がって少しだけ泣いちゃったけど……最後は俺に抱かれたまま、気持ちよさそうに寝ちゃって……」
「……」
は!?
「かわいかったな」
ちょっ!? な!? は!?
つまり俺、したの!? 文都と!?
ええ〜〜〜!?
て、ていうか、初めてなのに、そんな激しく……。ゴクリ……。
全然覚えてないんだけど!?
「先輩、顔真っ赤」
「ウッ……」
文都の指が、俺の頬に触れた。
「また、してくれますか?」
「へ!?」
「見たいな。先輩の気持ちよさそうにしてる所……」
み、見たいって、そんな……。
「俺しか知らない先輩……」
マジでお前しか知らない。
ウワァーン!!
俺の記憶を返してくれ!!




