第34話 先輩をいじめていいのは、俺だけだから
「おい。お前、おいしいものでも食べながら、文都のご褒美を考えようって言わなかった?」
「言ったよ。だからこうしてお菓子用意してるじゃん」
レトロなタイル風の模様の床、こじんまりとした生活感溢れるキッチン。
インスタントコーヒーを入れる理人を、四角い小さなテーブルに、向かい合わせに置かれた椅子に座って眺める。
キッチンに隣り合う畳の部屋には、ローテーブルと座椅子が置かれ、部屋の端には、布団がきちんと畳まれている。
木造アパートの2階。築50年くらいの古い間取りの部屋。
「うちの親、夜勤でいないから、気にせずくつろいで」
テーブルの上に、コーヒーと個包装のお菓子を置いて、理人が俺の向かい側に座った。
「え、明日まで一人なの?」
「うん。泊まってもいいよ」
冗談を言って笑う理人に対して、俺は自分の問題を重ねていた。
「お前、すごいな」
俺は、一人でいる事が怖い。
6歳の時に、両親が交通事故で亡くなってからずっと。それは、文都だけが知る、俺の秘密。
文都のおかげで、最近は一人で過ごす事も増えてきたけど、まだ一人きりの夜を過ごすのは、暗闇で突然灯りを奪われるような不安がある。
「いやいや、もう俺高二だし。褒められるほどの事でもないでしょ。あ、先輩って怖いの苦手だっけ? 一人でいるとお化けとか想像しちゃう人?」
「……」
幼い頃のトラウマが思い起こされて、体が硬直する。
「……先輩?」
「やめろよ、そういう事言うの」
落ち着け。もうあの頃の俺とは違うんだから。大丈夫。何かあったら、文都が来てくれる。
「声、震えてる」
理人が、俺の手を掴んだ。
「先輩の手、こんなに冷たかったっけ」
掴まれた手が、理人の口元に引き寄せられる。
理人は、俺の手に愛おしそうに口付けて、
「大丈夫だよ」と言った。
「お化けは俺が食べちゃうから」
「……」
「お化けだけじゃない。先輩をいじめる奴は全部、俺が懲らしめてあげるよ」
「お前……」
「先輩をいじめていいのは、俺だけだから」
「一瞬でもお前を見直した俺がバカだった。離せ。触るな」
「えー」
緊張が解けて、呼吸をするのが楽になる。
「キスしていいのは恋人同士だけだ! お前、俺にベタベタしすぎだぞ!」
「うーん……せっかくいい雰囲気になったのに、先輩が流されてくれない」
いい雰囲気?
「あ、そういえば先輩、どうして甲斐くんに進化したなんて嘘ついたの? 血を吸いたくて仕方ないって言ってたのに、それも大丈夫みたいだし」
理人が意地悪な笑みで笑う。
「それは……」
「音春が言ってた薬って何?」
ギクッ。
「先輩?」
「……」
「もしかして、音春から天使に進化する薬を貰ったの? 本当に? それで進化したの? 吸血鬼って進化するんだ、へぇ〜進化かぁ」
「進化進化言うな! 言い訳がそれしか思いつかなかったんだ!」
こいつ、ほとんど勘付いてるな。
「音春が吸血鬼の力を弱める薬を持ってて、それを飲むと血を吸いたくならないって言うから貰ったんだ。そのせいで、人間みたいに弱くなるけど、文都といても血を吸いたくならないし、日光も大丈夫だし……」
「ちょっと待って」
観念して白状すると、理人がそれを遮って椅子から立ち上がり、俺の前に立った。背もたれに手を置かれ、真剣な顔が近付く。
「……何?」
「今なら、先輩に何しても手荒い抵抗されないって事?」
あれ? 俺、余計な事言った?
「おい、何か悪い事考えてないよな?」
「先輩って本当、危機感ないなぁ。か弱い羊が狼の家に、のこのこ付いてきちゃっていいの?」
「俺は、か弱くない!」
ち、近いぞ!?
「今は?」
「……」
冷や汗がダラダラ流れる。
テーブルの上に置いてあるスマホを取ろうとすると、理人が俺の手の上に、自分の手を重ねて、それを阻止した。
「甲斐くんに電話したいの? それは俺の話が終わってからにしてね」
や、やばいぞ?
何が狙いかは分からないけど、俺の直感が危険を知らせている。
「先輩は強くて何があっても平気だったから、危機感ってものを知らずにきちゃったのかな?」
理人の手が、俺の喉元に触れる。
「でも、その薬をこれからも飲むなら、ちゃんとお勉強しないといけないよね。先輩が、どんな目にあうか」
「お前、俺に何をしようとして……」
獲物を捕らえる獣のように、理人の目がギラッと光った。
「俺が教えてあげるよ」




