表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/50

第29話 お兄ちゃん連呼するな

「小さい頃に構ってやれなかった分、たくさん甘えて欲しい。どんなに忙しくても、お前の為の時間は惜しまない」


 兄が俺に向かって、キラキラの笑顔を向ける。


「あ、はい。大丈夫です。間に合ってます」

「だからこれからも、お兄ちゃんを、お兄ちゃんを頼りにするんだぞ? 何かあったら必ず、お兄ちゃんを……」


 お兄ちゃん連呼するな。

 もう言わないぞ?

 言わないからな?


 何はともあれ、恋人にいい報告が出来そうでほっとする。


 文都、喜んでくれるかな?

 もうバイト終わって、うち帰ったかな?

 早く話してあげたいけど、新学期まで取っておこう。




 俺が進級の宴を催されている頃、文都が俺の事で会合を開いているとは、俺はその時、知る由もなかった。



第29.5話 先輩を俺達で守ろう


 ホワイトウッドのタイルと、ベージュの壁紙が落ち着いた雰囲気の8畳ほどの部屋。

 ベランダ側にベッドを配置し、中央にテレビ、ローテーブル、ソファが置かれている。

 カーテンやラグ、ソファはベージュ系で揃え、テレビボードやローテーブルといった家具は、やさしい色合いの木目調で統一し、存在感のある観葉植物が、部屋のいいアクセントになっている。


「緊急の招集にも関わらず、こうして集まってくれてありがとう。では早速、本日の議題を……」


 分かりやすくモテを意識した兄の部屋で、関係者一同を前に、司会を進行する俺。


「ちょっと待てえーい!」


 そして、それを妨害する兄。


「いきなりうちに来て、妙な会合開くなよ! 知らない不良少年までいるし!」


 完璧なバランスの顔のパーツ、万人に好かれやすい、犬っぽい顔立ち。自然に分け目を付け、おでこを出した爽やかなダークブラウンの髪。

 平日は皺一つないワイシャツに、きっちりとネクタイを締め、すれ違う女性を振り返らせるような兄だけど、今夜は、よれよれのTシャツにスウェットパンツ、前髪をパイナップルのヘタのように縛っているせいで、素材を台無しにしている。


「あ、兄貴と音春くんは、初対面だっけ」

九十九沢音春つくもさわおとはる、15歳。もうすぐ高校生っす。よろしく」

「よろしく〜。文都の兄の、甲斐公都かいきみとだよ。年齢は秘密。今をときめくサラリーマン」


 ノリには素直に従う兄に、冷たい視線を注ぐ、俺、理人、音春くん。

 今日は、この四人で大事な話し合いをしなければいけない。


「いや、待って!? 俺、仕事から帰って風呂入って、これからビール片手にカップラーメン食べる所なのに、野郎どもで集まらないで!? ここ1Kなの、覚えてる!? むさ苦しいよ! 連れてくるのは亜蘭くんだけでいいんだよ!」


 兄は、先輩を実の弟のように可愛がっている。

 時々、兄弟の枠を超えているけど。


「俺もバイト帰りだけど」

「俺もバイト帰り」

「俺は、伊織さんのパシリ帰りっす」


 兄に言い返す俺に続き、理人が手を上げ、音春くんがそれに続く。


 音春くん、鬼ちゃんさんにパシられてるんだ……。


「甲斐くんのお兄さん、お腹空いた〜」

「ラーメン食べながら話そう」

「いいっすね」

「俺のストックしてるカップラーメンが、野郎共に奪われていく!」




「今日は大事な話があって……」


 カップラーメンをズルズル啜りながら、話を切り出す。


「へ〜公都さん、亜蘭くんのお兄様とルームシェアしてるんすね。すげ〜」

「あいつがしつこいから、仕方なくね」

「マジすか、かっけ〜。お兄様って呼ばせてもらってもいいっすか?」

「かまわん。呼びたまえ」

「甲斐くん? 緊張感がまるで伝わってこないけど?」


 自分がこの場において、重要な役割を担っている事を、薄々気づき始めている理人。


「実は、先輩の事で話があって……」


 先輩の事と聞いて、誰もがラーメンを食べる手を止めた。

 静寂が支配した部屋で、全員の視線が俺に注がれる。


「すごく衝撃的な事だけど、覚悟して現実を受け止めて欲しい」


 俺の真剣な様子を見て、みんなが身構えているのが分かる。

 もしかしたら、ショックで息が出来なくなるかもしれない。

 それでも、この事実を共有しなければいけない。


「実は……」

「実は?」

「先輩は……」

「先輩は?」

「進化したんだ」

「し……」

「進化したんだ! 天使に!」


 時計の針が時を刻む音だけを残して、一切の音が消えた。


「甲斐くん? バイト帰りで疲れてるのかな? 妄想が行きすぎて付いていけないよ」

「亜蘭くんが……天使に……?」


 口元を引き攣らせて呆れる理人の隣で、音春くんがプルプル震え出す。


「そんな……進化? 聞いた事ねえ……。まさか、薬の副作用で? そんな事があり得るのか?」

「心の声ダダ漏れだよ、音春。薬の副作用?」

「でも、亜蘭くんならあり得るかも!?」

「あり得る訳ないだろバーカ」


 音春くんの独り言に、一つ一つ丁寧にツッコミを入れる理人。


「甲斐くんの方こそ、現実を受け止めなよ」

「理人、信じられないかもしれないけど、先輩が自分からそう言ったんだ」

「先輩が? 何でまたそんな嘘を……」

「あのさ……」


 俺と理人の話に、兄が割って入る。


「お前、何言ってんの?」


 兄が、冷たい声で俺を否定した。


「そうだよ甲斐くん。先輩が天使な訳……」

「そんなの出会った時から知ってたけど」

「……」


 な、なんだってー!?


「お前、バカなの? あんなピュアでかわいい子、天使以外あり得ないだろ」


 平然と言い放つ兄。


「え? え? でも先輩は……。え?」

「バカに惑わされるなよ、バカ。せめて主張を一貫させて。ツッコミが俺しかいないのに、これ以上ややこしくしないで」

「そうじゃない、先輩は進化したんだ! 天使に!」

「人間から天使に?」

「そうじゃないけど、そう!」

「ややこしいよ!」


 兄は、先輩一家が吸血鬼ファミリーだという事を知らない。


 兄が、

「たまごっちじゃん」と言った。


「それもう、たまごっちじゃん」


 たまごっち。


「上手に育成したから、くりてんになったの? お祈りとお風呂が大好きで、いつも天使の輪をシャンプーハット代わりに使ってて、アヒル型のグッズを集めるのが趣味で、お気に入りはアヒルのおまる。ステキなステッキ、スーパーエターナルッチョマロンタクトでお祈りしてくれる、語尾に、くりんとつけるのが口癖のくりてんに?」

「くりてん……? お風呂大好きって、それ、もう先輩じゃん……」


 音春くんが真剣な顔で、

「語尾に、くりんが付く亜蘭くんとか最高」と呟く。


「てんしっちは修行を終えると、てんしっちの都に帰天しちゃうんだぞ?」

「何だって!?」

「ここにはバカしかいないのかな?」


 話の重要性に、まだ気付いていない兄が、カップラーメンを啜り始める。


「それの何が問題なんだよ。天使と付き合えてよかったな。羨ま死ね」


 羨ま死ね?

 お前、まさか先輩のこと……。

 まあ、それは今は置いといて。


「今日、天国の使者が先輩と接触した」

「何だって!?」


 テーブルが揺れて、カップラーメンの汁が飛び散る。

 もう何もかも諦めたような顔の理人の両脇で、兄と音春君が驚愕の声を上げた。


「先輩を犬扱いして、俺が作ったワンちゃん用のメニューを、無理やり食べさせたんだ」

「え!? 甲斐くんの作ったものを!?」


 え? 理人?

 驚く所、そこ?


「なんて酷い事を……」


 その反応、モヤモヤするな。


「先輩は、救世主メシアが救済を与えたって言ってたけど、きっと先輩を油断させる為の作戦に違いない。先輩が天使に進化した事を知ったら、必ず天国に連れて行くはず」

「亜蘭くんはピュアだから、まだその事に気付いていないんだな?」

「亜蘭くんを連れて行かれてたまるか! 救世主メシアだかなんだか知らねーけど、亜蘭くんを連れて行く気なら、オレが許さねー!」

「見事に妄想が組み立てられていく……」


 今日、先輩をいじめた人、見た目がもう天国の使者だった。

 髪も白に近い金色だし。

 どこかで似たような人を見た気がするけど……。

 先輩も人間じゃないって言ってたし。それに向こうは、先輩の事を知ってたって……。


「おい、天国の奴らが本気でかかって来たら、個人の力ではどうにもならないぞ?」

「兄貴……。そうなんだ。悔しいけど、俺一人の力じゃ先輩を守れない。みんなの力を貸して欲しい」


 音春君が、俺の背中を強く叩く。


「言われるまでもねー! 亜蘭くんは必ず守る!」

「音春くん……」


 痛いよ……。

 わざと強く叩いてないよね?


 兄が俺の肩を抱く。


「お前に頼まれなくても、何でもするに決まってるだろ? 俺の亜蘭くんを連れて行かれてたまるか!」

「兄貴……」


 先輩はお前のじゃないだろ。

 俺のだろ。


「まあ、天使どうこうはともかく、甲斐くんの作ったものを食べさせるような奴が、いい奴の訳ないよね」


 理人?

 それ、どういう意味?


 テーブルの上で、それぞれの手を重ねる。


「先輩を俺達で守ろう」


 この日俺達は、先輩を守る為に、共に戦う事を誓った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ