第28話 湧き上がる歓声。舞い踊る花びら。憤る俺。
天井が高い分、縦に長く伸びた窓に、星空を眺めるような夜景が広がっている。
ピアノの生演奏が、洗練されたレストランの雰囲気を、より上質なものに変えている気がする。
「機嫌が良さそうだな」
向かい側に座る兄が、俺に微笑んだ。
顔周りを顎に触れるくらいの長さで整えた、前下がりの金色に艶めく髪を、片側だけ掻き上げて耳に掛けている。
金属のような冷たさを感じる、目尻が少し釣り上がった、アンティックゴールドの瞳、非の打ち所がない顔立ち。
背が高くスタイルもいい兄は、何をしても完璧で、大抵どこに行っても羨望の眼差しを受けている。
弟の俺にとっては、過干渉で面倒な存在だけど。
「今日は、いい事があったので」
ご褒美に、文都のバイト姿の写真撮らせてもらっちゃった。
髪セットしてる文都、カッコいい!
何回も見ちゃう。
「亜蘭の機嫌がいいと、俺も嬉しい。今日は貸切にしたから、ゆっくり二人だけの時間を過ごそう」
他に客いないと思ったら、そういう事か……。
相変わらず、無駄な金の使い方するな。
「桜鯛のア・ラ・ヴァプール 春キャベツのエチュベとレモンのエキュームでございます」
運ばれてきた料理を、口に運ぶ。
そうだ。
文都のスイーツの事、お願いするチャンスじゃん。
「あの……」
「亜蘭? 首筋に赤みが……?」
目にも留まらぬ速さで、首筋を手で押さえる。
やばっ!
「亜蘭?」
「あは……あはは……」
こんなの見られたら、何て言われるか……。
少しは丸くなったけど、兄は古風な吸血鬼だし、吸血鬼の力が弱まってるって知られたら、薬没収されちゃうかも。
「承認されてもいない薬を飲むなんて!」と言って、俺から薬を取り上げる姿が目に浮かぶ。
それだけじゃない。
俺に対する愛情が異常な兄なら、薬を渡した音春も、キスマークを付けた文都も、八つ裂きにしかねない。
「どうしたんだ? 首が痛いのか?」
「いや、あの……」
「病院で専門的な検査を受けよう」
兄がそう言って席を立つ。
え!?
そんな事されたら、益々バレるだろ!
医者が、兄に向かって、
「御宅の弟さん、怪しい薬飲んでますね」という姿が目に浮かぶ。
「さ、寒くて! ちょっと薄着してきちゃったから、肌寒いなぁ〜……。あはは……」
俺の事はいいから、料理を食え〜……!
もう適当に話を逸らそう。
「ところで今日は、何の仕事だったんですか? 早く終わって良かったですね」
俺は良くないけど。
「製薬会社に対する金銭面での協力を検討していて、先方とその協議をしていた。吸血鬼向けの新薬を研究しているそうだ。今は長男が実質会社を取り仕切っていて……。ところで、風邪か? なら、尚更病院に……」
ひえ〜!?
話の切り替えが早い!
「ち、違うんです。久しぶりに会ったので、緊張しちゃって。俺、病院行きたくないです。せっかく一緒に食事してるのに、もっと話したい……です」
げえー……。
何を言っているんだ俺は。吐きそう。
「亜蘭……」
兄が、自分の着ているスーツの上着を脱いで、俺にかけた。
「緊張しなくていい。もっと一緒に過ごす時間を作りたいのに、すまない……」
緊張してないし、別に作らなくていい。
でも、とりあえずこれで隠せるな。
ラッキー。
「亜蘭、今日はプレゼントがあるんだ」
「あ、そうなんですか?」
兄が指を鳴らすのを合図に、生演奏の曲調が変わり、レストランのスタッフがズラッと出て来た。
華やかに彩られたケーキが、サービスワゴンで運ばれてくる。
ラッピングされた大量の箱が乗ったワゴンがそれに続き、クラッカーの音と共に、スタッフが手に持ったカゴから花びらを撒く。
「ご進級おめでとうございます!」
は、派手だな……。
「亜蘭、おめでとう」
兄が、スタッフから受け取った花束を、俺に渡した。
「あ、ありがとうございます……」
重い……。
俺の隣に立った兄の手が挙がるのを見て、スタッフが一斉にカメラを持って構える。
鳴り響くシャッター音、止まない拍手。
「……」
ドン引きする俺。
その俺の前に、跪く兄。
「亜蘭、他に欲しいものがあれば、何でも言いなさい」
「あ、じゃあ……」
俺が口を開くと、兄がまた手を挙げた。
それを合図に、スタッフが訓練された兵隊のように動きを止める。
俺の微かな呼吸さえも見逃さないような、静寂の空間が一瞬にして作り出された。
「文都が作ったスイーツを、お店に置かせて欲しくて」
「ダメだ」
ん?
お前、今、何でもって言っただろ?
「一回、味見して……」
「ダメだ」
「見るだけでも……」
「ダメだ」
思わず、眉間に皺を寄せる。
「どうしてですか? 高校生が考案した商品を販売する試みも沢山目にします。ずっと置いて欲しい訳じゃない。もちろん、お店の方のプライドも分かってる。でも、若い才能にチャンスを与える事だって、必要……」
それに、あのマカロンは、文都だから贔屓目に見ている訳じゃなくて、お店に置いて遜色ない出来だった。
兄だって、あれを見れば分かってくれるはず。
「あいつに関わる事はダメだ」
「!」
ああ、そういう事……。
腹の底から怒りが込み上げてくる。
「文都との交際は認めてくれたんですよね? なのに、どうして……」
「まだ認めた訳ではない」
クッ……こいつ……!
でも、ここで俺がキレたら、文都の夢が……。
落ち着け俺。落ち着くんだ。
どうすれば、兄を納得させられる?
考えろ!
「一度だけ、試食のチャンスを貰えませんか? 文都が作った物を見て、いいと判断出来れば……」
「亜蘭、何度も言うが、あいつに関わる事は……」
クッ……!
これだけは、この手だけは使いたくなかったけど……。
これは文都の為……。
文都の為なんだ!
「あんな弱い人間に、お前を任せられな……」
「ダメですか? お、お兄ちゃん……」
時が止まったように、兄が呼吸をする事さえ止める。
ウワアアアア!
死にたい! もういっそ死んでしまいたい!
何が、お兄ちゃんだクオラァッ!
心の声が大暴走。
「あ、亜蘭が……、亜蘭が……」
口元を押さえて立ち上がった兄が、スタッフに向かって手を挙げる。
4Kビデオカメラを手にしたスタッフが、兄に近寄った。
「録画しました!」
ビデオカメラが俺の声を再生する。
お兄ちゃんと呼ぶ声が、店内に繰り返し響き渡った。
「ウワアアアア!」
「よくやった。臨時ボーナスを支給する」
「フゥゥーッッ!」
何喜んでやがるクソスタッフ!
「消せ! 今すぐ消せ!!」
「アラーム音をこれに設定しよう。亜蘭の声で最高の目覚めが……」
「最悪だー!!」
最高の気分から最悪の気分へと突き落とされる俺。
くぅっ。
恥ずかしい姿を録画されて、恋人の力にもなれず、情け無……。
「そこまで言うのなら、一度だけ試食の機会を与えよう」
「……」
へっ!?
「ほ、本当ですか!?」
「亜蘭から最高のプレゼントを貰ったからな」
や、やった〜……!
俺のプライドはズタズタだけど、文都の役には立てた!
「ありがとうございます!」
「うん?」
誰もが惚れてしまいそうな笑顔で、兄が俺に何かを求める。
な、何だ?
何を求めている?
「お兄ちゃん、ありがとう。だろ? 亜蘭?」
「……」
な、に……?
「どうした? もっと甘えていいんだぞ? お兄ちゃん、大好きって言ってごらん? 星をプレゼントしてやるぞ?」
鳥肌がやばい。
「おい、調子に乗るなよ?」
「やっぱり、聞き間違いだったかもしれないな。試食の件は無かったことに……」
「ウワアアアア」
録画してるくせに何言ってるんだ、こいつ!
さては、俺が嫌々言ってること分かってないな!?
何なら、兄に甘える事ができて俺が喜んでると思っている!? タチ悪いぞ!
クッ、こうなったら……。
「恥ずかしいから……もう、言いたくない。お兄ちゃんの、意地悪……」
目を逸らし、精一杯の恥じらいを見せる。
ふ、ふふ……これでもう、強くは出れないはず……。
自ら傷を広げているような気もするけど。
色々あって、俺は疲れていた。
「ん?」
兄が、スタッフに向かって再び手を挙げる。
ビデオカメラを手にしたスタッフが、兄に近寄った。
嫌な予感がするな。
「録画しました!」
「最高だ……。今日という日を祝日にしたい。店のスタッフ全員に、臨時ボーナスを支給しよう」
「フゥゥーッッ!」
湧き上がる歓声。舞い踊る花びら。憤る俺。
「クソがッ!!」
試食を取り付けた代償がデカすぎる。




